クリティカルの共有からABCDEFアプローチ

産婦人科は他科に比べ出血を多くみる科です。産後の異常出血に気を取られがちですが、にしじまクリニックでは周産期初期診療アルゴリズムを折り混ぜて、患者様の万が一の状況に対応しています。

■まず、患者様の状態の第1印象から、命に関わる事象を見つけたら、または可能性があれば、クリティカル(critical)を宣言(Call out)します。

ここではCall outするスタッフは、オーバートリアージを許容していることをご容赦ください。まずは他スタッフに『メンタルモデルの共有』をし、素早い初動を行うことが重要なのです。初動は4つの要素があります。

を呼ぶ

ニター物品を準備する

素を投与する(投与できる状態にしておく)

・静脈ートを確保する(確保できる状態にしておく)

初動を完了した後に、患者様の生命を守るために生理学的徴候の異常を迅速に評価し、直ちに蘇生(治療)を開始するステップを踏んでいきます。これをPrimary survey(プライマリーサーベイ)といいます。この手順は『ABCDEFアプローチ』法で素早くかつ抜け目なく患者様の状態を評価し、並行してcriticalの要素の蘇生を行なっていきます。

■A(気道):いびき音など、気道閉塞音が聞こえれば気道確保を行います。

気道確保は頭部後屈あご先挙上法もしくは下顎挙上法を行います。

■B(呼吸):呼吸数、呼吸様式、SpO2、聴診での異常を察知します。異常があれば酸素を投与します。

酸素を投与しても呼吸状態が改善しなければ人工呼吸・バックバルブマスクを行います。健常成人の呼吸回数は1分間あたりおよそ4秒に1回であり、人工呼吸の回数はそれに合わせて行います。

バックバルブマスクのE-C法が一人で難しいければ、他スタッフと2人で協業して行います(業務支援)。

■C(循環):末梢皮膚に冷汗・湿潤があり、橈骨動脈の触れが弱く、爪床を圧迫し再循環に2秒以上かかる場合はショックと判断します。産後の異常出血によるものであれ速やかな初期輸液療法や輸血のオーダーを行います。

■D(中枢神経):意識障害が生じた場合はけいれんや中枢神経系の障害が疑います。開眼・言語反応・運動反応を評価するGlasgow Coma Scale(GCS)の点数を評価します。これは他施設へ搬送する時により正確な情報伝達のツールであるとも言えます。

その他瞳孔や麻痺の確認を行います。

■E(体温と体表所見):発熱がある場合、感染や産褥熱が疑います。さらにショック状態であれば敗血症を考えて血液培養の採取や速やかな抗菌薬の投与を開始します。

■F(胎児心拍):ABCDEを評価しかつ蘇生にて安定化させたら、母体の危険が少なくなったと判断し、続いて胎児の生理学的徴候を評価します。

いずれのアプローチにおいても途中で患者様の状態の悪化がみられたら、再度Aからアプローチしていきます。

Primary surveyを一通り終えたらチーム内でハドル(途中協議)を組み患者様の状態を総括し、続いてSecondary survey(産婦人科蘇生・治療により特化したアプローチ)に移ります。

(院長執筆)

肩甲難産

にしじまクリニックでは毎月テーマを決めて朝練を行なっています。先月から今月にかけては、主に助産師を対象に難産における実際の手技の復習や確認を行いました。そこで今回は「肩甲難産」時の対処法にてご説明します。

肩甲難産とは、児頭娩出後、肩が産道にとどまってしまい児全体を娩出できないことをいいます。巨大児や比較的高い位置からの器械分娩で起こることがあります。また児が標準体重でも、産婦の過度な体重増加や低身長なども肩甲難産の要因となります。

肩甲難産に対し『HELPERR』手技を行います。

①Help

他スタッフはもちろん、産婦本人にも情報を共有し、以下の手技の強力を得ます。児全体を娩出できた後も新生児蘇生(NCPR)に備えます。

②Episiotomy

後の腟内手技(Enter the vagina)を見越して、できれば児背側に(正中)側会陰切開を行います。

③elevate Legs

産婦の両脚・膝を本人の胸側へ付ける様な体勢にします。夫もしくはパートナーが立ち会って入れば、ご協力をいただく場合があります。

なおこの体勢にて70%以上の肩甲難産を乗り切ることができるといわれています1)。

④Push the pubis

児の両肩径を狭めるために恥骨上を押します。いわゆる児の肩を「しぼませ」手娩出するイメージです。

⑤Enter the vagina

腟内手技にて児を縦から斜めの方向にし、児の娩出をはかります。

・ルビン法:母体前方にある児の肩を直接「しぼませ」ます。

・ウッズスクリュー法:児をうつ伏せ方向に回旋させます。

・リバースウッズスクリュー法:児を仰向け方向に回旋させます。

⑥Remove the posterior arm

母体後方にある児の腕を腟入口部に向けることで、両肩径を狭めることができます。

⑦Roll the patient

小骨盤の内径が広がり、児を娩出しやすくします。

以上各手技を列挙しました。順番どおり行う必要はなく、その時の状況に応じてこれらの手技を実践していきます。もちろん、産婦さんの適切な息みもあってこそこの「難産」を乗り切れますので、改めて当院限定公開のYouTubeコンテンツやオンライン講座などでお産の予習をお願いできればと思います。

(院長執筆)

参考文献;

1) MSF. Essential obstetric and newborn care. 2019

コーチングとティーチングの使い分け

皆様も職場で上の立場の場合、リーダー役または他スタッフをまとめる事があるかと思います。そこでコーチングとティーチングを使い分けをされているでしょうか?

コーチング(Coaching)の基本概念

コーチングは『人の目標達成を支援する』事を理念としています。問いかけて聞く事を中心とし、双方向のコミュニケーションを通して相手がアイディアや選択肢に自ら気づき、自発的に答えを導き出す手法・スキルとなります。

ティーチングとは

学校教育など「教える側」が存在し、知識や経験が少ない相手にルールやノウハウを教える事をいいます。

コーチングとティーチングの使い分け

相手をよく観察し、習熟度を知り、コーチングとティーチングの使い分けを行う事が可能となります。

ティーチングは『答えは教える側が持っている』

コーチングは『答えは相手の中にある』

のです。

コーチング原則

・アドバイスをしない:上記のとおり、『答えは相手の中にある』、『人の目標達成を支援する』事が重要のため、一方通行のアドバイスは行いません。

(私院長の個人的意見としては、価値観を押し付けてはいけませんが、到達目標をはっきり共有していないとコーチングはブレてしまうと思います。また、コーチングを行う人が知識と経験が豊富で、何よりコーチングを受ける人達に対し、なんでも言いやすい(話しやすい)環境『心理的安全』を整えることが重要です。)

・カウンセリングをしない:相手の過去の問題を扱い、問題を解決するようなことをしないのがコーチングの一原則です。

・相手の行動を制限しない:繰り返しますが、自分の価値観を押し付けて「この人には無理」と判断する事は危険です(そう思ってしまうなら、インストラクターとして担うのは難しいでしょう)。

このコーチングやティーチングは、医療従事者のみならずどの職業でも必要なスキルだと思います。にしじまクリニックでは、上の立場を目指すスタッフにはこのスキルを習得し、インストラクションしてもらうようにしてもらっています。

(院長執筆)

参考文献;

2022年1月8日ALSO/BLSOインストラクターコース資料から

NCPR Aコースを開催しました

先日、にしじまクリニック内でNCPRのAコースを開催しました。コロナ禍ではありますが、標準感染予防策を行なったうえで充実した講習会となりました。

「Aコース」とは、新生児の気管挿管処置や薬物投与を含めた臨床知識の学習と実技で構成される、高度な新生児蘇生法を習得するためのコースです。

にしじまクリニックの看護師および助産師は、全員このNCPR Aコースを取得してもらっています。生まれた赤ちゃんの救急時の蘇生と安定化は分刻みで行われるためです。

また、クリニックの規模として、どの医師またはどの助産師および看護師から高いかつ偏りのない医療提供を行う事を私院長のモットーとしております。これが当院の患者様が『にしじまクリニックの価値』として感じてくださってくれている一つかと思います。

なお、先月の当院の朝練でもスタッフ全員でNCPRの確認を行いました。ただ大きい講習会を単発で行なって終わらせるのではなく、継続して学習し続けることでとっさの判断と適切な手技が行えるのです。

今後も患者様の安全を高めるために、にしじまクリニック全スタッフはチーム一丸となって医療安全とその質の向上を進めてまいります。

チームSTEPPSの実践

患者安全のため、私達スタッフのチームビルディングは欠かせません。WHO患者安全カリキュラムガイドにも引用されている『チームSTEPPS』をにしじまクリニックでは重要視し、各分野で導入しています。

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2019/09/17/patient-safety-day/

今回はチームSTEPPSについての基本原理とテクニカルタームをお話しします。

チームSTEPPSは4つのスキルが柱となってチームを運用します。

①コミュニケーション

情報が明確かつ正確にチームメンバー間でやりとりされる構造化されたプロセスを用います。

・Call out:緊急事態の時、全てのチームメンバーへ同時に伝えます。

チェックバック:発信者が意図した事が受信者に確実に理解しているかを確認します。

②リーダーシップ

チームの活動が理解され、情報の変化を共有し、チームメンバーが必要なリソースを有してリーダーシップを確立します。

情報と計画を共有するためのイベントは3つあります。

・ブリーフ(打ち合わせ)

ハドル(途中協議)

・デブリーフ(ふりかえり)

③状況モニター

状況の様々な要素に目を向けて評価を行うプロセスで、チーム機能を維持するために情報を再確認します。

医療状況の評価を支援するツールである『STEP』を用いてメンタルモデルの共有を行います。

Status:患者の状況

□病歴

□バイタルサイン

など

Team:チームメンバー

□業務量

□パフォーマンス

□疲労

など

Enviroment:環境

□施設の情報、設備

□人材

□的確なトリアージ

など

Progression (for goal):目標に向けての進捗

チームが担当する患者の状態と、それに向けた業務・活動は?

など

④相互支援

他のチームメンバーの責任と業務量を正しく認識し、お互いのニーズを予想して支援するスキルです。

業務支援

・フィードバック:適時、敬意を持って、思いやりを持って

・2回チャレンジルール:チームメンバーが重大な安全に関わる事象を見つけた場合は『業務を中断する』事ができるようにする

・CUS(Concerned, Uncomfortable, Safety issue)の表現

当院では毎朝、朝礼・ブリーフ後にチームビルディングを強化するため、様々な事例に対応するための取り組みを行なっています。明日からはこの『チームSTEPPS』の実践練習を行います。