分娩第1期潜伏期の疼痛緩和

分娩のための入院が長時間となる場合、とても大変ですが時にはお薬を利用して痛みの緩和や休憩を用いることも必要な場合があります。

にしじまクリニックでは分娩における薬物による疼痛緩和として、硬膜外麻酔による無痛分娩のほか、

・オピオイド鎮痛薬(ソセゴン®︎)

・ゾルピデム(半減期の短い睡眠薬)

の頓用により治療的疼痛緩和(therapeutic rest)をはかることがあります。

まずは『陣痛発来』と『分娩第1期潜伏期』の定義を確認しましょう。

陣痛発来の診断:子宮収縮が周期的でかつ子宮頸管の熟化を認める

分娩第1期潜伏期:陣痛発来〜子宮口5cmの期間

子宮口6cm以降から『分娩第1期活動期』とし、子宮口全開大まで分娩スピードが上がります。

分娩第1期潜伏期は数時間から数日を要することもあります。しかしながらそれは「遷延分娩」とは診断されません。産婦が分娩第1期潜伏期の陣痛の対処が困難な場合、”therapeutic rest”としてペンタゾシン(ソセゴン®︎)を用いることがあります。

ペンタゾシンは非麻薬性のオピオイドで、陣痛以外に術前術後の疼痛緩和などに他科でも幅広く用いられる「痛みどめ」です。

分娩におけるペンタゾシンの使用は、1970年以降の無痛分娩として使用され始めたとされており1)、当院でも広義の無痛分娩として扱っています。硬膜外麻酔と異なりすぐに投与(主に筋注)が可能であり、また分娩経過時間を延長することはありません2)。

ちなみに海外では麻薬のモルヒネを陣痛に対するtherapeutic restとして5〜10mgの筋注や静注で用いられることがあります3)。いずれにせよ、「痛みどめ」によるtherapeutic restはエビデンスのある分娩管理方法の一つであることをご理解いただければと思います。

(院長執筆)

参考文献

1) 木村尚子. 20世紀後半の日本における無痛分娩法普及の試みと助産婦への影響

2) ALSOチャプターF

3) UpToDate: Latent phase of labor

10代前半に子宮頸がんワクチンを受けるもう一つのメリット

こんにちは、副院長の石田です。

2月末にシルガード9®︎という9価ワクチンが発売されましたが、既に何人もの患者さんからお申し込みをいただいています。公費対象の方は従来の4価ワクチン(ガーダシル®︎)での接種を選ばれることも多いですが、いずれにしても今のところ当院では大きな副反応はありません。さて、このブログでも複数回に分けて子宮頸がんワクチンの接種をお勧めしていますが、本日はワクチン接種を通じて得られる副次的な効果についてお話ししようと思います。

ワクチンをきっかけにかかりつけの産婦人科をつくれる

日本での子宮頸がんワクチン接種が公費で対象となるのは小学校6年生からですが、まだ11〜12歳の女の子だと体調を崩した時には小児科や内科は受診しても、産婦人科にかかることは多くありません。プライバシーの高い診療が必要な分野でもあるため思春期の女の子にとってはよほどのことが無い限り受診すること自体に強い抵抗感があると思うので、そういう意味でかかりつけの産婦人科をつくるのは簡単なことではないでしょう。しかし、ワクチンであれば最低限の問診のみで下半身の診察は無く受診することができるため、そのハードルを大きく下げることができます。

なぜ10代前半からかかりつけの産婦人科を作ったほうが良いのか

現代を生きる女性にとって生涯一度も産婦人科にかからないということはほとんどあり得ません。思春期に入って本格的に生理が始まれば生理痛や出血に悩む方は少なくありませんし、恋人ができて避妊を考えるようになったり、スポーツや受験などで生理をずらす必要が出てくることもあります。20歳を迎えると子宮頸がん検診も始まりますし、その後も家族計画に関する相談、妊娠・出産や婦人科疾患、50歳前後になると更年期症状などもあります。時として避妊に失敗してしまったり、場合によっては異性から乱暴を受けてしまったなどの性的な問題では身近な人にも相談しにくいことがあるかもしれませんが、気がついたらお腹が大きくなって取り返しがつかない状況になってしまう可能性もあります。そんな時に信頼できるかかりつけの産婦人科があると、人生が救われることもあるかもしれません。このように産婦人科は特殊な診療科で、一般的な医療インフラとしての機能だけでなく日々のお悩みの相談所であったり、時として緊急対応施設としての性格もあるのです。そういう意味で、すぐに相談できる産婦人科の診察券を思春期の頃から一枚持っておくことは、女性の人生にリスクヘッジを効かせるだけでなく、選択肢を広げてより豊かな人生を送るための大切なステップであると確信しています。

まとめ

なんだか上の文章を読み返してみたら情報商材屋さんのような独特な胡散臭さが否めない感じになりましたが、かかりつけの産婦人科を作っておくのが大切なのは間違いありませんし、そもそもそれ自体は年会費がかかるわけでもなくほぼノーリスクです。最初のきっかけが子宮頸がんワクチンである必要はありませんが、例えば中学生になるくらいのタイミングで親と一緒に信頼できる産婦人科を探してみるのは、重要な家庭内教育であるとともにいざという時の保険にもなると思います。
当院は分娩施設のため妊産婦さんが多いですが、一方で思春期の患者さんのご相談も年々増えています。ワクチン以外でも生理痛、中高生アスリートの無月経、思春期の避妊、月経移動、性病の検査など幅広くお受けしていますので、何かあればお気軽にご連絡ください。

新たな子宮頸管熟化剤の選択肢、プロウペス®︎

分娩誘発の適応となった場合、全てが巷でいう「促進剤」をいきなり使うわけではありません。内診で子宮口の状態を確認し、スコアリングして(これを『ビショップスコア』といいます)薬剤の選択を行うのです。

子宮口がまだ狭い場合は当然ながら分娩まで時間がかかります。そこで子宮頸管熟化剤である『プロスタグランジンE2』を使用し、子宮口を開きやすくするのです。

現在のところ、プロスタグランジンE2は内服薬が用いられています。そして今回、腟内留置用製剤のプロウペス®︎が新たな選択肢として加わります。

(フェリング・ファーマ eラーニングから)

プロウペス®︎はプロスタグランジンE2(ジノプロストン)を含有する、乾燥した親水性ポリマーが網に包まれている製剤となります。

適応:妊娠37週以降の子宮頸管熟化不全の妊婦

『子宮頸管熟化不全』とは、内診によるビショップスコアが6点以下・未満とほぼ同義になります。

ビショップ(Bishop)スコア *転載禁止

また、あくまでも本製剤は子宮頸管の熟化を目的としているので、既に陣痛が開始している方には用いません。

投与方法

①投与予定の20分前に分娩監視装置を用いた連続モニタリング(NST)を行う。

②NSTの評価に問題がなければ、後腟円蓋部にプロウペス®︎を留置する。

③留置後、横になった状態で少なくとも30分間安静になってもらう。また連続モニタリングを再開する。

プロウペス®︎の除去基準

□プロウペス®︎投与後12時間経過した場合

□子宮頻収縮(子宮収縮回数が10分間に5回を超える)

□新たな破水が起こった時、人工破膜を行う時

□胎児機能不全やその徴候が見られる時

□悪心嘔吐、低血圧など、副作用と思われる症状がある時

□30分間にわたり規則的で明らかな痛みを伴う3分間隔の子宮収縮を認める場合

特に「陣痛が発来したらプロウペスを医師または助産師が抜去する」ことが重要です。

上記内容をふまえ以下、にしじまクリニックでのプロウペス®︎投与に関するさらなる指針として、

■プロウペス®︎投与は9時頃に投与する

■留置困難な場合は使用しない、容易に滑脱する場合もその後使用しない

とする予定です。

プロぺウス®︎は、腟内に留置することで他製剤より子宮頸管熟化機構をより期待したり(調節性)、児頭が高いため器械的子宮頸管拡張がしずらい時に用いることを想定しています。

一方でプロスタグランジン類を用いても器械的頸管熟化処置でも「頸管熟化促進の優劣はない」とガイドライン産科編やWilliams Obstetricsでも明記されており、他製剤そのものとの有意性がないことを強調しておきます。

今後当院では院内研修など終えた後、プロウペス®︎を導入します。プロウペス®︎を含め、分娩誘発に関してご質問がありましたら外来担当医師にお声かけください。

(院長執筆)

産後うつ

こんにちは、副院長の石田です。

お産はとても幸せなライフイベントですが、その一方で長い育児生活の出発点であり前途多難な旅路の始まりとも言えます。もちろん育児はその分楽しみや幸せもたくさんあるものの、その難しさの中で病んでしまうお母さん、お父さんが少なからずいらっしゃるのも事実です。最近ではメディアでも盛んに取り上げられるようになった「産後うつ」はその代表的な状態で時に命にも関わる重大なテーマですが、その実態は意外に知られていません。そこで本日は産後うつについてお話ししたいと思います。

産後うつとは

身体的な病気と違って定義が難しいのですが、一般的には産後12ヶ月までに発症するうつ症状のことを言います。「産後」とありますが、実は出産前に発症するものも同様に扱います。似たような産後の落ち込み症状にマタニティーブルーがありますが、こちらの症状が比較的軽度で通常1~2週間程度で自然に落ち着くのに対して産後うつは症状が重く、いつまで経っても改善しないのが特徴です。産後うつを発症する原因についてはホルモンバランスの変化や遺伝子的な要因、そして環境の変化などが言われますが、実はよく分かっていません 1)2)3)。

産後うつの症状

産後うつの症状は、一般的なうつ病とほぼ同じと考えられています。具体的には
1. 常に気分が落ち込んでいる。いつも悲しい気分になる。
2. 何ごとにも興味が湧かなくなる。
3. 体重変化:急激に痩せたり太ったりする。
4. 睡眠障害:眠れなくなる、もしくはずっと眠っている。
5. 集中力、記憶力の低下。
6. 自己肯定感の低下:自分は価値のない人間だと思い込んで責めてしまう。
7. 希死念慮:死にたい、自分は死んだ方が良い人間だと思ってしまう。
などが挙げられますが、特に7が見られる場合には注意が必要です。
精神疾患の難しいところは「病識」と言って自分は病気であると自覚するのが難しいことです。これらの症状があっても自分では異常に気付きにくく、そのせいで適切な医療介入が遅れると治療に時間がかかってしまう恐れがあるので、周り(特に家族)がそれに気づいてあげることがとても重要です。

当院での取り組み

とは言え、ご家族であっても様子がおかしいと感じたところでそれが病気かどうか判断することは難しいかもしれません。そこで当院では以前より産後2週間の診察時にエジンバラ問診票を使用した取り組みを行なっています。エジンバラ問診票とは産後うつを早期に発見するためにイギリスで開発されました。上記の症状はそのままだと解釈が難しいですが、これらを分かりやすい質問に直したものがこの問診票で世界各国で使用されています。この質問票は飽くまでスクリーニングなので産後うつの確定診断がつけられるわけではありませんが、ここでの回答をもとに患者さんの悩みや感じていることを掘り下げることができるので非常に便利です。もしここで病気が疑われた場合は専門の医師へご紹介したり、必要に応じて地域のサービスをご案内したりしています。

東京都のウェブサイトから借りてきました。

産後うつの治療

授乳の問題もあるため重症度や患者さんの希望などから認知行動療法などの薬を使わない精神療法が用いられることもありますが、その一方で抗うつ薬による授乳への影響は限定的であることから薬物療法が選択されることも多いです 4)。ただ、薬を使用するかどうかは別として、授乳による睡眠不足などが原因の一端となっている場合には混合栄養や人工栄養による育児が選ばれることもあります。

まとめ

というわけでとても大雑把になってしまいましたが産後うつ病について簡単に解説いたしました。気分が落ち込む→赤ちゃんをうまくお世話できない→自分を責める→気分が落ち込む…と負のスパイラルの中にハマるのはとても辛いことですが、誤解を恐れずに言うと多くの方にとってそれは医学的な介入が必要な「病気」であり、皆さんが「弱い」とか「悪い」とか言うわけではありません。まだまだ分からないことも多く確立した予防法などはほとんど存在しませんが、だからこそ我々医療者が患者さんの異変にいち早く気づけるよう、そしていざと言う時に診断・治療に迅速に繋げられるような信頼関係を養っていくためにもかかりつけの妊婦健診にはしっかり通っていただければと思います。

1) Viktorin A, et al. Am J Psychiatry. 2016 Feb;173(2):158-65

2) Schiller CE, et al. CNS Spectr. 2015 Feb;20(1):48-59

3) O’Hara MW, et al. Annu Rev Clin Psychol. 2013;9:379-407

4) Kokubu M, et al. Arch Women’s Ment Health 2012;15:211-216

疼痛管理にマルチモーダルな処方を

帝王切開において心配な事といえば、『術後の痛み』ではないでしょうか。

早速ではありますが、国境なき医師団の産科マニュアル本「Essential obstetric and newborn care」から帝王切開術後の疼痛管理を日本語にしてまとめてみましたのでご覧ください。

麻薬類似薬(非麻薬性オピオイド)、非ステロイド性鎮痛薬(NSAIDs)、アセトアミノフェンと幅広く痛み止めが用いられているのがお分かりいただけるでしょうか。これをマルチモーダル(multimodal)な、いわば様々な鎮痛薬を使ってできるだけ痛みを抑える仕方がワールドスタンダードなオーダーとなります。にしじまクリニックの帝王切開術後管理も上記の表に準じています。

様々な薬剤を用いるとお母さんにとって心配になるのが

「赤ちゃんに授乳しているけど大丈夫か」、という事です。これはまず『RID』値が参考になります。

RID(相対的乳児投与量)が10%未満であれば、児が摂取することになる薬剤の用量は少ない、と捉える事ができ、よって児に悪影響が及ぶような用量を摂取することにはならないとされています。例えばNSAIDsであれば

・イブプロフェンやロキソプロフェンのプロピオン酸系NSAIDs:0.1 〜0.7%

の値で、授乳中にこれらの鎮痛薬を使用しても適切なオーダーを受けていれば問題ありません。

また、NSAIDsの血中半減期で考えても

イブプロフェンは2時間、ロキソプロフェンにいたっては1.3時間と短い半減期である事もお伝えしておきます。

NSAIDsはプロスタグランジンの合成を阻害する作用を利用し、あるNSAID薬では動脈管開存症の治療に用いられます。成熟児であれば生後数日で動脈管は自然に閉鎖するものなので、分娩退院後にNSAIDsを再度服用するのはこの事象についても赤ちゃんに問題になることはまずありません。

「妊娠と授乳(南産堂)」でもロキソプロフェン(ロキソニン®︎)を含めほぼ全てのNSAIDsが授乳における総合評価は『安全』となっていますし、

国立成育医療研究センターホームページにも『授乳中に安全に使用できると考えられる薬』としてロキソニン®︎など、しっかりと掲載されています。

https://www.ncchd.go.jp/kusuri/lactation/druglist_aiu.html

むしろ産後に痛みがあり、我慢してご自身の体調が悪化してしまう方がマズイと私院長は考えます。

ただし、NSAIDsは喘息をお持ちの方には使えない場合もあり、家に手持ちの鎮痛薬があるからご自身の判断で飲む、ということは避けていただきたいです。また調剤薬局での薬剤師によっては産婦人科の処方に慣れていなくて意見の違うアドバイスがある事もありますから、一度かかりつけの産婦人科に相談するのが良いでしょう。

鎮痛薬に限らず、もし授乳中の方でお薬の内服で心配なことがございましたら、相談をお受けします。忙しくて来院が難しい場合は当院のオンライン診療をご活用ください。

参考文献;

妊娠と薬の使い方; 日本医師会雑誌2019年5月

分娩と麻酔. No.100, 2018. 11

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