妊娠と違法薬物

こんにちは、副院長の石田です。

定期的に見るニュースの一つに違法薬物の問題があります。最近も有名人が逮捕されて話題になりましたが、いちいち表に出てこないだけで実は私たちの身近な場所にも意外と存在しているのかもしれません。実際日本ではまだ裏社会のイメージがありますが、海外では思ったよりもオープンに取引されていることも多く、私が以前海外に住んでいた時には繁華街のイタリアンレストランで大麻がトッピングされている”Happy Pizza”が食べられることが有名でした。(もちろん私は食べたことはありません。)
そこで本日は違法薬物と妊娠について少し解説してみようと思います。

妊娠と大麻

大麻はマリファナ、ハッシシ、ウィードなどの呼び名で出回っている薬物です。テトラヒドロカンナビトール(THC)と言う成分が神経系に作用することで穏やかな気持ちになったり幻覚を見たりするそうですが、実際の作用機序についてはまだ分かっていないことも多いようです 1)。「中毒性が低い」「健康に良い」という言説が聞かれることもありますが、実際諸外国では解禁される動きもあるため手が出しやすい印象があるかもしれませんね。さて、社会的な大麻の是非については触れませんが、妊娠に対しては明らかに悪影響があると考えられています。具体的には赤ちゃんが小さく育ってしまったり、生まれた子供が成長するにつれて注意力、記憶力、問題解決能力、行動などに問題が出るというデータが出ています 2)。

妊娠とコカイン

コカインは通称コーク、クラックと呼ばれて販売されている薬物です。主にドパミン、ノルエピネフリンといったホルモンを活性化する作用を持っており、体内への吸入や注射によって攻撃的で興奮した状態を作り出します 1)。後述する覚醒剤も同様の作用がありますが、コカインは覚醒剤よりもよりドパミンに対する作用が強いと言われています。妊娠中に使用すると高血圧や胎盤早期剥離、痙攣、早産など様々なリスクがあります 3)。赤ちゃんへの影響も様々言われてはいるものの、コカインを使用している妊婦さんではアルコール、タバコなどを含めた多種多様な薬物の併用や、性病を含む様々な感染症の合併の頻度が多いことからコカイン単独による胎児への影響の評価が極めて難しいようです。余談ですが、鼻からの吸入で常用している人では、コカインの強力な血管収縮作用と鎮痛作用により左右の鼻の穴を隔てる鼻中隔が知らない間に壊死して、鼻の穴が一つになってしまう”Coke Nose Hole”と言う所見が有名です。

妊娠と覚醒剤

覚醒剤はスピード、シャブ、クランクなどの呼称で流通している薬剤で、最近話題になったMDMA(通称“エクスタシー“)もこの仲間に入ります。もとは1885年に日本の薬学者によって抽出されたエフェドリンですが、その後エフェドリンからアンフェタミンやメタンフェタミンといった現在覚醒剤として主に出回っている物質が合成されるに至りました。日本でも戦後まで疲労回復や眠気解消を主作用としてヒロポンという商品名で一般に販売されていましたが、中毒性が判明するに従い法で規制されるようになりました。ドパミンやノルエピネフリンの作用を増強することでハイになる効果があるわけですが、これらを妊娠中に使用すると早産や胎児発育不全、そして時として子宮内胎児死亡の原因になると言われています 1)4)。また、生後の発達段階での注意力の低下や感情の不安定化とも関係している可能性があり、当たり前ですが使用しない方が良いみたいです。

まとめ

というわけで本日は妊娠と違法薬物についてでした。主だった3つについて解説してみましたが、他にもヘロインやフェンタニルなどお騒がせの薬物はたくさんあります。これらの物質の怖さは一度でも手を出してしまうと抜け出すのがとても難しいことです。恐ろしいことに自分から求めていなくても生活に入り込んでくることもあると聞きますので、知らず知らずのうちに人生を壊されないように気をつけていきましょう。

1) UNODC. Terminology and Information on Drugs. Third edition. https://www.unodc.org/documents/scientific/Terminology_and_Information_on_Drugs-E_3rd_edition.pdf
2) CDC. What You Need to Know About Marijuana Use and Pregnancy. https://www.cdc.gov/marijuana/health-effects/pregnancy.html
3) NIH. Cocaine Research Report. https://nida.nih.gov/download/1141/cocaine-research-report.pdf?v=3f3fb3f0903dfa8879388c2a5d086cb9
4) Marcela C, et al. Clin Obstet Gynecol. 2019 Mar;62(1):168-184

新年度からの変更点、シルガード9の定期接種方法

本日令和5年4月1日の新年度から、制度にいくつかの変更があります。

婦人科の制度変更として本日からHPVワクチンの『シルガード9』が定期接種として導入されました。

▪️小学校6年生〜15歳未満の女子

2回接種で完了

▪️15歳以上の女子

従来どおり3回接種(ただし15歳になるまでに既に『シルガード9』を1回接種していれば、2回での接種が完了)

▪️既に4価ワクチンの『ガーダシル』を1回または2回接種した女子

次回も同様に『ガーダシル』を接種する、もしくは『シルガード9』の接種も可能

となります。

『シルガード9』も『ガーダシル』も、当院で既に多くのお子さんが接種、またはキャッチアップ接種を済ませています。適時の接種を行えば子宮頸がんの予防効果は70〜90%と言われていますので、接種対象でまだ行なっていない方は当院へご相談いただければと思います。

他、新年度における産科の制度変更として、ご加入の健康保険から支給される出産育児一時金が42万円から50万に増額となり、にしじまクリニックではその分産婦さんの負担が減ることになります。例えば自然経腟分娩の場合、分娩予約金をお支払いしていれば、退院時のお支払いは19,000円から、となります。

https://nishijima-clinic.or.jp/info02.html

分娩のご予約のお問い合わせが多くなることが予想されますので、ご妊娠され、当院で分娩を希望される場合は早めの受診をお願いできれば幸いです。

分娩予約状況につきましては当院HPの「お知らせ」からご確認いただけます。https://nishijima-clinic.or.jp

文責 院長

児娩出のタイミング

「会陰切開はしてほしくない」、「吸引・鉗子分娩を行ったら児に障害が残らないか」

もちろん分娩の進行・胎児の状態に問題がなければ上記の医療介入は行いませんが、必要なタイミングを逃してしまうと、それこそ分娩後母児に影響を及ぼしてしまう可能性があります。

今回は児娩出のタイミングについて述べたいと思います。

ALSO資料から

児の娩出のタイミング判断はCTGによる胎児心拍パターンを確認(産婦人科診療ガイドラインの準拠した波形レベル分類を評価)し、なおかつその時児におかれた状況を臍帯動脈の血液ガスのpHで推定することまで行うのが良いと考えます。

分娩直後の臍帯動脈血液ガス分析結果は、分娩前・分娩中の胎児の血液酸素化状況を反映するのです。

鮫島浩先生がまとめた上の表から、例えば「基線細変動(交感神経と副交感神経の協関作用の生理的な揺らぎ)の減少を認めれば、pHは 7.2あたり」ということになります。

臍帯動脈のpHが7未満であれば、新生児は低体温療法の適応となります。もちろんそうなる前に児の娩出が行われるべきで、そこで医療介入の必要性が生じます。

分娩直前なのにも関わらず児の娩出が困難な場合の胎児アシドーシス・pHを関係する明らかなデータはおそらくないと思われますが、肩甲難産では、児のpermanentな中枢神経を起こすリスク時間は5〜7分を超える場合に起きると言われています1)。この数値は会陰の閉塞によって児を娩出するのが困難(胎児心拍パターンが悪化しているのに会陰の伸展が不良で児の娩出に時間を要する)症例でも当てはまると思われます。

医師および助産師は分娩の際、分娩介助だけに目を向けるのではなく、胎児心拍パターンやその時の臍帯動脈のpHを推定し、適切な児の娩出のタイミングをはかるために「状況モニター」を行うことは重要です。

会陰切開や吸引・鉗子分娩はルーティーンで行うことはありません。担当医師からこれらを行うお話があった時は、分娩状況が切迫している状態であるとご理解いただければと思います。

参考文献

1) ALSO Iテキスト

文責 院長

イスラム教と出産

こんにちは、副院長の石田です。

普段からたくさんの患者さんに当院をご利用いただいておりますが、最近では外国人の患者さんをお手伝いする機会が増えてきたように思います。そういった方々は国籍や言語ということだけでなく、文化や宗教など様々な違いのために個別の対応を必要とすることもあり、当院としては自分たちで勉強するだけでなく患者さんご本人やそのご家族にアドバイスをいただきながら医療を提供させていただいております。そこで、多様性が重んじられる昨今でもありますので、ささやかではありますがせっかく得られた知見を皆さんとシェアできればと思います。というわけで本日はイスラム教と妊娠、出産についてのお話です。

簡単にイスラム教とは

イスラム教は西暦610年ごろにサウジアラビアのメッカという場所にいたムハンマドという商人が創始した宗教です。ご存知の方も多いかもしれませんが、唯一神として崇められているアッラーはユダヤ教、キリスト教の神様であるヤハウェと同一であり、その意味でこれら3つの宗教は派生関係にあります。その時代ごとに絶対的な神様のお言葉を聞く能力を得た預言者(ユダヤ教ではモーセ、キリスト教ではキリスト、ユダヤ教ではムハンマド)が民衆に神の教えを広めたというスタンスですね。イスラム教は主に北アフリカ、中東、東南アジアなどの地域に全部で18億人前後の信者がいるとされています。習慣としては1日5回の礼拝や、日中の断食であるラマダン、食材に特別な配慮が必要なハラルなどが有名ですね。

妊娠、出産における習慣 1)

可能であれば女医さんによる診察が望ましいようで、実際当院の院長が活動していた国境なき医師団でも派遣先がイスラム国家の場合、産婦人科医は女医限定での募集になることがあるそうです。ただ、当院ではあいにく女性の産婦人科医がいませんがそれをご納得いただけることも多いため絶対的な決まりではないのかもしれません。その一方でお産の際には特徴的な習慣があります。例えば生まれた直後に赤ちゃんの耳元で親が信仰の宣言であるAdhanを唱えるのは極めて重要な儀式とされています。また、Tahneekと言って潰したデーツの実を口の中の上顎に塗りつけるという風習もあるそうです。そのほかユダヤ教のように割礼なども行われるそうですが、日本の産婦人科でそこまで提供するのは難しいかもしれませんね。

産後の入院生活

上記の通り、通常ムスリムの方は1日5回メッカに向けての礼拝を行いますが、産後の性器出血がある女性はnifaasと呼ばれ、日々の礼拝はしない決まりになっているということでした。ちなみにこれは生理など他の原因による性器出血でも同様だそうです。
病院で提供する食事はとても気をつかうポイントですが、ムスリム人口が多くない日本ではどのように注意すべきかが難しいですよね。私は以前パキスタン人の友達を自宅での食事に招いた時にどのような食材ならよいか事前に聞いたところ、ムスリムの人たち自身も数ある食材を全て把握することは不可能であるため詳しい説明はできないが、ハラル認証マークのついた食材を使ってくれれば大丈夫だよと言われたことがありました。いずれにしても当院では万全を期して妊婦健診中から調理部のスタッフとの面会を通して細かく打ち合わせていただくようにしています。

まとめ

以上、本日はイスラム教と妊娠、出産についてでした。自分と違うバックグラウンドを持つ方々との触れ合いは、この世界の普段意識してこなかった側面を垣間見ることができて面白いですよね。当院では院長をはじめスタッフ一同患者さんの多様性を最大限尊重できるよう心がけています。必ずしも対応可能なことばかりではないかもしれませんが、文化や宗教だけでなくハンディキャップなども含めて特別なお手伝いが必要な方は是非最寄りのスタッフにご相談ください。

1) A R Gatrad, et al. Arch Dis Child Fetal Neonetal Ed 2001;84:F6-F8

出生後のビタミンKについて

こんにちは、副院長の石田です。

出産を経験したご夫婦以外はあまりご存知ないかもしれませんが、赤ちゃんは産まれてからしばらくはビタミンKの投与を必要とします。入院中は施設のスタッフが投与することも多いと思いますが、もちろん退院、帰宅してからはご両親のおしごとになります。なんとなく赤ちゃんの出血を防ぐためということは知っていても、手間がかかる割には具体的にどういう話なのかはよく分からないという方も多いかもしれないので、本日は出生後のビタミンK投与について少し解説したいと思います。

ビタミンKの役割

ブルーベリーに入っているAやレモンを代表とした酸っぱい食べ物に入っている印象があるC、そのほかサプリでもお馴染みのBやDなどと比べてビタミンKを日常生活で意識することは一部の方を除いてあまりないかもしれません。しかしビタミンKは骨を丈夫に保つ作用があるほか、血液を凝固させるのに重要な役割があることが知られています。怪我などから血管が壊れて出血が始まると、まず血小板という細胞がそこに集まってきて応急的に傷口を塞ぎますが(一次止血)、その後に凝固因子がそこに作用することでフィブリンの網を形成してガッチリと補強し頑丈に止血します(二次止血)。ビタミンKはこの二次止血で必要ないくつかの凝固因子が適切に働くために不可欠な栄養なんですね。

なぜ赤ちゃんはビタミンKが必要なのか

止血に必要なビタミンKは基本的に腸内細菌によって作られますが、生まれたばかりの赤ちゃんは無菌状態であり、善玉菌が定着してこのメカニズムがしっかり働き出すのに時間がかかります。加えてビタミンKは胎盤を通過しにくかったり母乳への分泌もあまりなかったりするのでお母さんからの供給も期待できないんですね 1)2)。そのため生後哺乳できるのを確認してからと退院時、そして3ヶ月までは毎週シロップによる投与が必要になります。ところでビタミンKは多くの先進国で筋肉注射での単回投与が推奨されています。これは経口投与が安価かつ赤ちゃんへの侵襲性が少ない一方で、筋肉注射の方がより高い効果が期待できるというデータがあるためです 3)4)。(この違いに関しては経口投与における服薬忘れや個々の赤ちゃん間での吸収率の差、未知のメカニズムの関与などが推測されています。)ちなみに1992年にある論文においてビタミンKの注射薬による小児がん発症との関係が懸念されたことがあり話題となりましたが 5)、これに関してはその後の追跡調査により否定的な見解が大勢となっています 6)7)。

ビタミンKの効果

いずれにしてもビタミンKが不足すると皮下出血や胃腸からの出血、そして場合によっては頭蓋内出血を起こして命に関わることがあるので補充は必須なのです。実際、時代背景やその時々の医療水準、国際情勢など考慮すべき因子はたくさんあるものの、ビタミンKが投与されていなかった時期と投与され始めた後を比較すると重症出血に関しては約80%の予防効果が得られるというデータがあります 8)。そのほか歴史的に多くの研究がビタミンKが赤ちゃんを守ってくれることを証明しており、今この瞬間にも世界中の赤ちゃんに投与されているというわけです。

まとめ

ということで本日は生後に投与するビタミンKのお話でした。ちなみに母乳にはビタミンKが少ないと言いましたが、実は粉ミルクにはビタミンKがしっかり含まれているので生後1ヶ月の時点で1日の半分以上の授乳を粉ミルクにしている場合はビタミンKの投与を中止しても良いとされています 9)。しかしその一方で、シロップ剤と粉ミルクの重複投与でビタミンK過剰になってしまったと言う報告も無いので混乱してしまうくらいなら規定通り生後3ヶ月まではビタミンKを毎週投与するのがお勧めです。生まれたばかりの赤ちゃんのお世話はやることいっぱいでてんやわんやですが家族みんなで協力して漏れがないように頑張りましょう。

1) Eugene Ng, et al. Paediatr Child Health 2018;23(6):394-397
2) Walter A Mihatsch, et al. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2016 Jul;63(1):123-9
3) Cornelissen M, et al. Eur J Pediatr. 1997;156(2):126-30
4) Lowensteyn YN, et al. Eur J Pediatr. 2019;178(7):1033
5) Golding J, et al. BMJ 1992;305:341-6
6) Von Kries R, et al. Thromb Haemost 1993;69:293-5
7) American Academy of Pediatrics. Pediatrics 2003;112:191-2
8) MJ Sankar, et al. J Perinatol. 2016 May;36 Suppl(1):S29-35
9) 日本産婦人科・新生児血液学会. 産婦人科・新生児領域の血液疾患診療の手引き:131-137