妊婦さんへのりんご病の影響

こんにちは、副院長の石田です。

私の妻が小児科医なのですが、先日「今年はりんご病が流行ってる」という話になりました。確かに「この前、子供がりんご病になっちゃいました。」という妊婦さんもたまにいらっしゃるので調べてみると、どうやら本当に患者さんが増えているようです。
NHKのサイトより

そこで本日は妊娠とりんご病について少しお話ししてみようと思います。

りんご病とは

パルボウイルスB19感染による伝染性紅斑という病気の別名です。経過中に両頬が赤くなるその見た目からりんご病とも呼ばれますが、日本では約5年周期で流行が見られ、1回の流行は1〜2年続くとされています。(実際、前回の流行は2019年頃でした。)一度感染するとその後は終生免疫を獲得すると考えられており、現在本邦における妊娠可能年齢女性の抗体保有率は概ね50%程度と推計されています。一般的には感染すると5〜10日程度の潜伏期を経て発熱、咳、咽頭痛、関節痛などのいわゆる風邪症状で発症し、その後5日程度して特徴的な頬と体の赤みが出現します。このうち患者が最もウイルスを排出するのは風邪っぽい症状の時であり、頬の赤みが出てりんご病だったと気づく頃にはもはや感染力はありません。

妊娠中の感染

妊婦がパルボウイルスB19に感染すると17〜33%に胎児感染を生じますが、このウイルスは胎児の造血システムに干渉して胎児貧血や胎児水腫を引き起こすことが知られています。また、特に妊娠初期で感染した場合は流産や胎児死亡の原因になることが知られており注意が必要です。一方で胎児水腫は母体感染から8週以内に起こることがほとんどであり、それを過ぎると確率は大きく下がります。また、胎児水腫となった場合も34%は自然寛解したという報告もあるため感染したかもと思ってもそれだけで悲観し過ぎることはないのかもしれません。また、感染後に胎児死亡とならず無事出産された場合、赤ちゃんに長期的な後遺症が残るかどうかは研究によって結果にバラつきがあるため、今のところはあるとも無いとも言えない状況です。

まとめ

本日は妊娠とりんご病について解説いたしました。妊娠中の感染に対しては超音波などで胎児貧血の徴候が見られた場合に胎児輸血を行ったりすることはあるものの、できる治療は極めて限定的です。加えてワクチンなども無く感染予防も簡単ではありませんが、現在妊娠している方は注意してお過ごしください。

男性不妊症について

こんにちは、副院長の石田です。

日本産科婦人科学会では、生殖年齢の男女が一定期間適切な妊活を行ったにも関わらず妊娠に至らなかった場合を不妊、治療を必要とする場合を不妊症と定義しています。「一定期間」とは1年間を指すことが多いですが、医学的介入が必要と判断された場合には期間は問われません。(ちなみにアメリカでは女性が35歳未満の場合は1年間、35歳以上の場合は6ヶ月としています 1)。)近年日本では晩婚・晩産化の影響もあってか不妊治療の件数が増加しており、2017年には全新生児のうち6%(5万6千人)が体外受精によって誕生しました 2)。
さて、不妊と言うとなんだか女性のこととして捉えてしまう方も少なくないですが、その一方で報告によってばらつきはあるものの男性因子が関与している不妊(男性のみに因子がある不妊+男女ともに因子がある不妊)も全体の50%程度と考えられています 3)。そこで本日は男性不妊症について少しお話ししてみようと思います。

男性不妊の原因

厚生労働省の報告によると、不妊の男性因子としては造精機能障害(精子を適切に作ることができない)が82.4%、性機能障害(勃起や射精ができない)が13.5%、閉塞性精路障害(精液の通り道が詰まって出ない)が3.9%だったそうです 4)。このうち圧倒的に多い造性機能障害になる原因として精索静脈瘤という病気が30%程度を占めるほか、男性自身の染色体異常、停留精巣、薬剤性(抗がん剤など)などが挙げられますが、一方で原因不明のものも42.1%あるとされています。

男性不妊の治療

生活習慣が造精機能に様々な影響を与えることが知られています。特に喫煙は影響が大きいため禁煙が強く勧められますが 5)、それ以外にも飲酒、睡眠、食事、肥満なども関与するためいわゆる「丁寧な暮らし」を実践することが大切です。そのほかビタミン剤や亜鉛、補中益気湯などの漢方が使われることがありますが、これらはいずれも作用機序や有効性について必ずしも明らかになってはいません 6)。精索静脈瘤、精路閉塞、性機能障害やホルモン不足などの治療可能な疾患については泌尿器科で投薬や手術を含めた治療が検討されますが、重度の精子無力症では体外受精を、無精子症ではTESEと言って精巣を切開して精細管を採取し、そこから精子を取り出して体外受精を行うという手段が取られます。それでも妊娠が難しい時には最終手段として精子提供による人工授精が用いられることもあります。

まとめ

本日は男性不妊について解説しました。繰り返しにはなりますが、不妊のカップルにおいて半分は男性因子が関与しています。そのため不妊治療はしばしば産婦人科医と泌尿器科医が緊密に連携しながら行われます。いずれにしても妊娠を強く望んでいるにも関わらず想いが遂げられないお二人につきましては、まずは最寄りの専門施設に足を運んでみることを強くお勧めいたします。

  1. American Society for Reproductive Medicine. Definition of infertility: A committee opinion (2023): https://www.asrm.org/practice-guidance/practice-committee-documents/denitions-of-infertility/
  2. 野村総合研究所. 令和2年度 子ども・子育て支援推進調査研究事業. 不妊治療の実態に関する調査研究 最終報告書. 2021年3月:https://www.mhlw.go.jp/content/000766912.pdf
  3. Vander Bortht M, et al. Clin Biochem. 2018 Dec:62:2-10.
  4. 湯村 寧:我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査研究, 平成27年度厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業報告書, 2016(III)
  5. Reecha Sharma, et al. Eur Urol. 2016 Oct;70(4):635-645.
  6. 日本産科婦人科学会. 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編 2023. CQ321

出生前診断に関する情報提供の歴史

こんにちは、副院長の石田です。

最近はドキュメンタリーや映画、特集報道などが頻繁に組まれるほど出生前診断が世間で注目されています。少し前までは医療者側から患者に対して出生前診断の話を積極的にするのは控える風潮だったのですが、数年前からはむしろ全ての妊婦さんとその家族にご案内していく方向に方針転換されたためより身近に感じやすくなったことも影響しているかもしれません。でもなんで「聞かれるまでは話さない」から「妊婦全員に情報を伝える」という正反対の方向に舵が切られたのでしょうか?本日はその辺について少し説明してみようと思います。

出生前診断の情報提供が進まなかった背景

クアトロテストに関しての通知ではありましたが、平成11年に厚生省(当時)の出生前診断に関する専門委員会から「医師は妊婦に対し本検査の情報を積極的に知らせる必要はなく、本検査を勧めるべきでもない」という見解が示されたこともあり、永らく現場では出生前診断については医療者側から安易に触れないという空気がありました 1)。この背景には闇雲にこの検査が行われることによって障害を持つ方々を社会から排除するような流れになってしまうのではないか、必要以上に羊水検査や中絶が増えてしまうのではないかといった懸念があったわけです。医師としてもただでさえ複雑で内容が難しい出生前診断について外来で一人ひとり丁寧にご説明というのも現実的ではなく、「聞かれれば答える」が標準的な対応となっていきました。

インフォームドチョイス(説明と選択)の時代へ

しかしそこから時を経て日本の妊婦さんを取り巻く環境は大きく変化します。医学的にはNIPTの実用化、新生児医療の進歩、遺伝カウンセリング体制の整備、社会福祉制度やピアサポートの充実などにより難しい病気を持つ赤ちゃんとそのご家族がより健康に社会生活を送りやすくなったことから、妊娠中から胎児染色体異常を調べることの意義が増してきました。社会的には出産の高齢化により胎児の状態を知るニーズが高まりますが、一方でネット上には信憑性の低い情報が溢れていたり、非認定施設において不十分な情報提供のもと標準検査に加えて精度不明のオプション検査が高額で販売されていたりと妊婦さんにとって望ましくない状況も見られるようになりました。そのため令和3年の厚労省専門委員によるワーキンググループが「これからは出生前診断に関する正しい情報を積極的に発信し、妊婦さんと家族に選んでもらうようにしよう!」というインフォームドチョイスの方針を打ち出したのです。それを踏まえて現在は産婦人科医療施設だけでなく自治体窓口やNPOなど様々な窓口で情報提供と相談支援が全ての妊婦さんを対象に行われるようになりました。

まとめ

本日は出生前診断に関する情報提供の姿勢がどのように変わってきたかのお話でした。出生前診断をどう扱うかという問題はしばしば医療科学技術のイノベーションに社会の理解や受容が追いつかないことで起こります。これは前述の報告書の中で「滑りやすい坂」と表現されていますが、今後も技術革新に伴って検査の幅が広がったり価格が落ちることで検査の裾野が広がっていくと、思いがけない問題が滑りやすい坂を転げ落ちるように暴走する可能性が懸念されています。その坂の先に障害を持つ人々が生きづらくなるような世界がないよう、社会全体でしっかりと手綱を握っておくことも大切なのかもしれませんね。

  1. 厚生省児童家庭局母子保健課. 厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会「母体血清マーカー検査に関する見解」についての通知発出について:https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/1107/h0721-1_18.html
  2. 厚生科学審議会科学技術部会・NIPT等の出生前検査に関する専門委員会. NIPT等の出生前検査に関する専門委員会報告書:https://www.mhlw.go.jp/content/000783387.pdf

子宮内検索の意義

児の娩出後、児の状態も重要ですが、褥婦さんの状態も注意しながら産後経過をみさせていただいております。

特に産後の異常出血について、何が原因かを速やかに探る必要があります。多くは子宮からの出血であるため、「子宮内検索1)」を行います。英語表記では「Uterine Explorarion」といいます。国境なき医師団では、速やかに外科的処置を施すことを前提に麻酔下で子宮内検索を行なうため、「Uterine Exploration under Anesthesia(UEA)」とよく表記されていました。

MSF ESSRNTIAL OBSTETRIC AND NEWBORN CAREより

産後異常出血にて子宮からの大量出血とわかった時は、とにもかくにも子宮に対する双手圧迫を行います。例えば、事故等で倒れている人が大量の血を流している状態であれば、とっさに圧迫止血を行なうことを思い浮かべませんか?これは子宮からの出血も同様です。子宮からの大量出血の場合、分娩第3期の積極的管理の一つである子宮体部のマッサージより有効です。

子宮の双手圧迫を行いながらスタッフの応援を呼びます。プライマリーサーベイを行い、出血が褥婦さんの危機的状況を作っているのなら子宮収縮を薬剤で強化しながら子宮内検索を行います。双手圧迫は手技者の片方の手が腟に入っているため、そのまま子宮内検索へと移行できるのです(ちなみに胎盤の用手剥離を行なった後も子宮内検索をそのまま行います2))。

・子宮内反をおこしていないか

・胎盤遺残はないか、卵膜遺残はないか

・凝血塊は溜まっていないか、もしくはサラサラとした血なのか(子宮内検索は子宮内に溜まった出血を排出することも目的です)

・子宮破裂や頸管裂傷はないか

を診察します。エコーもあるとなお良いでしょう。

これらの検索を行い、最終的に子宮収縮不全による弛緩出血と判断されたうえで子宮腔内にバルーンを挿入する手技へと移行できるのです。

執筆 院長

参考文献;

  1. p.304 産婦人科ファーストタッチ. じほう
  2. 9.3 Uterine exploration. ESSRNTIAL OBSTETRIC AND NEWBORN CARE. MSF

無痛分娩はカテーテルの「留置長」と「固定」が大事

効果的な無痛分娩を行うため、薬剤の選択云々より、実はカテーテルの留置がしっかり確保できているかどうかが重要だと思っています。

硬膜外腔カテーテルの留置至適長は4〜6cmといわれています。しかし最短の4cmの挿入だと、麻酔が片効きだった場合にカテーテルの調整が行えないため、硬膜外腔へ5cmの留置は確保したいところです。

皮膚から硬膜外腔までの距離は日本人の平均産婦体型だと4〜5cm(肥満産婦だと6cm)なので、例えば硬膜外針で穿刺し、硬膜外腔まで5cmであればカテーテルを10cm挿入すればカテーテルの硬膜外腔への留置が5cm、といことになります。

カテーテルの留置が至適長を保たれていれば、局所麻酔投与による鎮痛効果は得られます。「至適長が保たれていれば」という事がポイントで、穿刺・留置処置が終われば後は大丈夫、というわけではありません。なぜならその後は体動によるカテーテルのずれの可能性があるからです。

例えば前屈の体勢をとると、カテーテルが硬膜外腔から皮下側へ引っ張られてカテーテルがずれ(抜け)ていきます。

当日の硬膜外腔への処置と同日の無痛分娩対応であれば、移動は少ないので体動・体勢によるカテーテルのずれはあまり気にする必要はありませんが、

分娩誘発が翌日に改めて行医、それ以降から無痛分娩対応となる可能性がある場合、1〜1.5cm程のずれを想定しながら硬膜外腔カテーテルの留置を行うようにしています。よってこの場合のカテーテルの硬膜外腔への留置は6〜6.5cm、ということになります。

ただし、上記以上に深く長い留置長だと麻酔レベルに影響したり(鎮痛効果の部位が本来より高くなってしまう)、硬膜外腔内の血管誤入・損傷の可能性も高まることから注意が必要です。

カテーテルの固定も重要です。

当院の硬膜外麻酔の処置セットに含まれているテープ・ドレッシング剤では汗などからすぐに剥がれてしまうため、最近では上記の高透湿性のドレッシング剤を追加で用いています。

カテーテル先端付近はカーブをつけて固定するため、ずれ(抜け)たり、カテーテルそのものが浮かないように貼り方を工夫します。

これらの対応を施すことで、当院での硬膜外麻酔による無痛分娩の鎮痛効果はかなり安定して得られるようになってきました。にしじまクリニックでは日中分娩担当の産科医(主に私と石田)が硬膜外麻酔・無痛分娩を担当します。ただ単に麻酔科医へお願いするだけでなく、このような細かい手技の配慮を行なったうえで無痛分娩の体制が成り立っています。

執筆 院長