妊娠中の寝る向きについて

こんにちは、副院長の石田です。

当院にかかられている妊婦さんたちによく聞かれる質問の一つに「仰向けで寝ない方がいいですか?」というものがあります。この件は妊婦さんの間では思った以上に一般的な情報のようですが、一方でそう言われる理由については意外に知らない人が多い印象でしたので本日は妊娠中の寝る向きについて解説したいと思います。

なぜ仰向けで寝てはいけないと言われるのか

妊娠すると赤ちゃんを抱えた子宮がどんどん大きくなってくるわけですが、仰向けに寝ると大きな子宮が背骨の右側に沿うように縦に走っている下大静脈という大きな血管を押し潰してしまうことがあります。下大静脈はお腹から下にある血液を心臓に戻すという重要な役割がありますが、潰されてしまうと心臓が新たに体に向かって押し出す血液が不足し、その結果母体の心拍数異常や低血圧から母体の眩暈・悪心といった症状を呈する仰臥位低血圧症候群という状態になることがあります。すると子宮の血液循環も悪くなり、赤ちゃんにも影響が出るのではないかと考えられているんですね 1)。これを避けるために、特に子宮が大きくなってくる妊娠後半期は左側を下にして寝ることが勧められるわけです。実際世の中には下大静脈のある右側を下にして寝ると胎児死亡のリスクになるという研究結果が複数あるんですね 2)3)。

そうは言っても寝て起きたら仰向けだったりするんですけど

そんなこと言ったって朝起きたら仰向けとか右向きになってること結構あるんですけどっていう妊婦さんも多いと思います。それなのに「仰向け寝が胎児死亡のリスクを上げる!!」とか言われるとどうしたらいいか分かりませんよね。ただ、上で紹介したデータは症例対象研究(Case-Control study)というバイアスの入りやすいデザインで集められており、本当に寝方と胎児死亡に相関関係があるかは慎重に見る必要があります。むしろより精密なデザインで行われた研究では左向きに寝た方がリスクが上がるというデータも出ていてどっちつかずになっていることに加え、妊婦さんといえど常識的に考えて睡眠中は寝返りをうっているはずで左下だけでいられているわけがありません 4)。以上のことから私は、妊婦さんが苦しくなければ(お腹が圧迫されるような体勢以外で)ご本人が快適に過ごせるように寝てもらったらいいですよとお伝えしています。

まとめ

ということで本日は妊娠中の寝方について解説いたしました。とはいえ上記のように本件に関しては医療者の中でも何が良いのか結論が出きっているとは言いがたく、聞く相手によっていろんな意見が出てくると思います。そのため妊婦さんやそのご家族を混乱させてしまうと申し訳ないのですが、いずれにしても皆さんにおかれましてはストレスのない範囲でご自身の腑に落ちる考え方を採用しながら過ごしていただければと思います。

1) Diann M. Krywko, et al. StatPearls. Treasure Island(FL): StatPearls Publishing;2023 Jan.
2) McCowan LME, et al. PLoS One. 2017;12(6):e0179396.
3) Gordon A, et al. Obstet Gynecol. 2015;125(2):347.
4) Robert M, et al. Obstet Gynecol. 2019;134(4):667-676.

帯状疱疹はうつるのか?

帯状疱疹は、水痘(水ぼうそう)と同様に水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV: Varicella Zoster Virus)によるものです。幼少期に水痘にかかったことがある人はこのウイルスが体内に潜伏しており、その後免疫の働きが低下しウイルスの再活性化により帯状疱疹として皮疹や痛みを起こす可能性があるのです。

帯状疱疹になった場合、他の人が帯状疱疹になることはありません(免疫の働きが低下した人を除き、既に水痘にかかったことのある人が帯状疱疹がうつることはありません)。ただし

主に接触によって水痘になったことのない人は水痘になるおそれがあります。

帯状疱疹を発症した場合に気をつけること

・帯状疱疹の主な感染経路は皮疹との接触感染であることを認識しましょう。お風呂の共有は控えましょう。

・まだ水痘にかかったことのない人、特に乳幼児との接触、また免疫の働きが下がりやすい妊婦との接触は避けましょう。

妊婦が帯状疱疹になった場合は一般的には児の異常は認めません。

ただし、免疫をもたない妊婦が水痘にかかると自身の重症化(水痘性肺炎)や経胎盤的に胎内感染をおこし先天性水痘症候群のおそれがあります。

・帯状疱疹は皮疹の場所を保護すれば出勤停止などの措置はありません。ただし痛みが強く伴う場合は回復を待ち、安静につとめましょう。

院長執筆

妊娠中の虫刺され予防

こんにちは、副院長の石田です。

もう9月に入っているのに今さらなんですが、日本の夏といえば蚊に刺されるのが定番の困りごとですよね。対策として虫除けを使う方も多いと思いますが、一方で妊娠していても使っていいのか不安になる患者さんから時々ご相談もいただきます。ということで本日は妊娠中の虫除け使用について解説したいと思います。

本当は怖い蚊

「蚊に刺されても痒くなってイライラするだけでしょ」って思う人も多いかもしれませんが、実は蚊こそが世界で人間の命を最も奪っている動物とされており、世界中で年間70万人以上が犠牲になっていると考えられています 1)2)。(ちなみに人間を殺している動物第2位は人間で犠牲者は年間47万5千人だそうです。)実際は蚊が媒介する感染症が問題になるわけですが、マラリアやデング熱、黄熱病のような東南アジアやアフリカなど熱帯のイメージがある病気が有名な一方で、日本でも日本脳炎や胎児の小頭症の原因となるジカウイルスが問題になったり、アメリカでもウエストナイル熱の原因になったりしていて意外と先進国でも侮れない話なのかもしれません。

妊娠中に虫除けは使っていいのか?

虫除けクリームやスプレーに使用されている主成分はジエチルトリアミド(DEET)という物質です。DEETは蚊だけでなくノミやダニなどの予防にも効果的とされていて、70年以上もの間日本を含む世界中の虫除けに使用されています。DEETに関しては動物実験を含めて妊婦さんへの使用についての検討がなされてきましたが、研究レベルではもちろん永らく使用されてきた社会において健康被害が発生した形跡がないことなどから妊婦さんでも安全に使用していただけると考えられています 3)4)。

まとめ

簡単ではありましたが虫除けは安心して使ってくださいというご案内でした。私も東南アジアで働いている時に一度デング熱にかかって1週間ほど入院していたことがありますが、高熱、味覚障害、全身倦怠感、肝機能障害などで退院する頃には3kg以上痩せてしまいました。日本だとデング熱やマラリアになる可能性は極めて低いですが、刺されて掻きこわしたところから細菌感染を起こすこともありますし、ノミやダニが媒介する危険な感染症もあります。上手に虫除けを使ってそれらの虫から自分と赤ちゃんを守るようにしてください。

1) 澤邉京子:日医雑誌 2023;152(4):371-374
2) https://www.statista.com/chart/2203/the-worlds-deadliest-animals/
3) G P Schoenig, et al. Fundamental Appl Toxicol. 1994 Jul;23(1):63-9.
4) Blair J Wylie, et al. Obstet Gynecol. 2016 No;128(5):1111-1115.

不正軸進入

児頭が骨盤内に進入する時、矢状縫合が恥骨結合と岬(こう)角の中心と直角で交わるのが正常な進入(正軸進入)となります。

ということは上記をふまえ、「不正軸進入」とは「児頭が骨盤内に入った後〜第2回旋が起こる前に判断がつく」状態と言えます。

進入異常かどうかは内診と超音波で判断します。児頭触知可能な高さとしてStation-3からであれば、この時点以降の児頭の下降において不正軸進入かどうかわかる可能性があります。

骨盤入口(にゅうこう)部は横長なので、児頭も横向き(矢状縫合が横)に進入します。

骨盤入口部横径は13.5cmであり、はじめ児頭が骨盤入口部にある時は矢状縫合は骨盤横径に一致(小泉門と大泉門の高さは同じ)します。児頭が横向きであれば胎勢(屈位または反屈位)はまだあまり気にならず児頭は骨盤内へ進入します。児頭先進部が骨盤峡部・出口(しゅっこう)部へ下降するにあたり、特に最も骨盤横径が狭い坐骨棘間(峡横径)を児頭は通過しなければならないので通常児頭は屈位をとります。これが第1回旋です。となると第1回旋の終了の場所は

児頭先進部が骨盤峡部にさしかかる所、言い換えると児頭先進部はStation 0の陥入の位置で第1回旋が終了している頃』、と言えるでしょう。ちなみにこの時子宮口は46cmあたりです。この位置は児頭最大周囲は骨盤濶部にあり、骨盤濶部は円形で児頭が回りやすいので第2回旋が始まっていきます。

第2回旋に入る前、矢状縫合の向きとして方位点は(児頭が下がっているので通常の第1回旋が行われたのであれば)”OT”との表現になります。

頭頂骨は左右の骨で構成されます。それらが進入しても先進部、さらには方位点が定まっているわけではないので「左/右 頭頂位」とは呼びません。なので「頭頂骨進入」という言い方になるのです。また正軸進入でなければ「頭頂位」でもありません。

なお既に児頭が骨盤内へ進入していれば「在頭頂骨進入」という状態もありません。

院長執筆

妊娠中の歯科受診について

こんにちは、副院長の石田です。

よく妊婦さんに聞かれる質問の一つが「歯医者さんを受診していいですか?」というものです。これに関しては妊婦さんたちが心配に思うのはもちろんですが、妊婦さんの治療に慣れていない歯科の先生が少なくないことも混乱の原因になっているのかもしれません。そこで本日は妊娠中の歯科治療について簡単に解説します。

妊娠中と口腔環境

妊娠するとホルモンバランスの変化により歯周病原細菌が増殖しやすくなること、唾液の分泌が減少すること、つわりのせいで歯磨きがしにくくなることなどから一般的に妊婦さんは虫歯や歯周病になりやすいと言われていますが、妊娠中のお口の病気は早産や胎児発育不全が関係している可能性が示唆されています 1)2)3)。そのため妊婦さんは歯磨きなどのセルフケアだけでなく、歯科で検診を受けたり必要に応じて治療することが勧められています。

妊娠中の歯科治療

具体的な処置の詳細や安全性については歯科の先生にご相談いただければと思いますが、一般的に抜歯や虫歯の治療などの歯科治療は妊娠全期間において安全に行えるとされています 1)3)。歯科で広く使われている局所麻酔薬についても口腔内で使用される程度の量であれば問題になることはまずありません。また、歯や顎を撮影するレントゲンについても使用される放射線量は極めて微量であり、加えて遮蔽用のエプロンを装着していれば赤ちゃんへの影響を心配する必要もありません。「本格的な歯科治療は安定期に入ってからにしましょう」と提案されているネット記事もありますが、それ自体に医学的根拠はないので妊娠初期でも安心して検査や治療を受けていただいて大丈夫です。あえて言うと治療で使用する抗菌薬や痛み止めに関しては注意が必要ですが、処方された薬がご心配であればかかりつけの産科にご相談いただければと思います。

まとめ

本日は妊娠中の歯科受診について簡単に解説いたしました。上記の通りお口の健康は口腔内だけでなく全身の健康を保つのにとても重要な要素です。お産後には母親の歯周病が赤ちゃんの虫歯にも関係するかもという話もありますので、妊娠中も是非歯医者さんを受診していただければと思います 2)。

1) 産婦人科診療ガイドライン 産科編2020 CQ505
2) Kim A Boggess, et al. Matern Child Health J. 2006 Sep;10(5 Suppl):S169-74
3) National Maternal and Child Oral Health Center. Oral Health Care During Pregnancy: A National Consensus Statement: https://www.mchoralhealth.org/PDFs/OralHealthPregnancyConsensus.pdf