こんにちは、副院長の石田です。
お産は新しい命を迎える大切な出来事である一方で、骨盤や周囲の組織にとっては非常に大きな負担がかかるイベントでもあります。その影響の一つとして、分娩後に自力でおしっこが出せなくなってしまう「尿閉」を起こす患者さんが一定数いらっしゃいます。尿閉になると、膀胱に尿がたまっているにもかかわらず自力で排尿できない状態となり、「導尿」と呼ばれる方法でカテーテルという細いチューブを用いて尿を出す必要が出てきます。突然このような状況になると、不安や戸惑いを感じる方も少なくありません。そこで今回は分娩後の尿閉について、その原因や経過、対応方法などを解説したいと思います。
分娩後尿閉とは
分娩後尿閉は、お産のあと6時間以内に排尿がみられない場合(帝王切開の場合は、手術時に挿入した尿道カテーテルを抜去してから6時間以内に排尿がない場合)に診断されます。一見シンプルな基準ですが、実際には「少しは出ているものの膀胱に尿が残っている」ケースもあり、こうした150mL以上の残尿がある潜在性尿閉まで含めたり、そのほか前提条件を変えたりするとその発生率は研究によって大きく異なります。具体的な数字で言うと0.18〜47%と幅広い報告がありますが、私としては0.45%としているこちらの研究結果が実際の肌感覚に合うような気がしています 1)2)。
原因については、現時点で一つに特定されているわけではありません。ただし、お産というプロセスの中で、膀胱が赤ちゃんの通過によって過剰に引き延ばされることや、会陰部の裂傷や浮腫、さらに骨盤内の神経への影響、そして分娩後のホルモンバランスの変化など、複数の要因が重なって起こると考えられています。分娩後尿閉のリスク因子としては、初産婦であること、会陰切開、器械分娩(吸引・鉗子分娩)、局所麻酔薬の使用、無痛分娩などが挙げられています。いずれも臨床の現場では比較的よく遭遇する状況であり、これらに当てはまる方では注意深く経過をみていく必要があります 2)3)。ただし重要なのは、「これらの医療行為を行ったから尿閉になった」と単純に因果関係で捉えるべきではないという点です。むしろ、これらの介入が必要となるようなお産、つまり分娩に時間がかかったり、組織や神経に対する負担が大きかった状況そのものが、尿閉のリスクを高めていると考える方が自然かもしれません。そのため、リスク因子に該当するかどうかだけで過度に不安になる必要はありませんが、「やや起こりやすい状況ではある」という理解のもとで、適切に観察と対応を行っていくことが大切です。
なお、尿閉と診断されると驚かれる方も多いのですが、経過は良好なことがほとんどです。多くの場合、72時間以内に膀胱の機能は回復し、自力で排尿できるようになるとされているため、適切に経過をみながらサポートしていくことが大切になります 4)。具体的には膀胱が尿でパンパンにならないように、4〜6時間おきにカテーテルを使って導尿しながら自然回復を待ちます。
まとめ
本日は分娩後尿閉について解説しました。自力でおしっこが出せないととても不安になりますが、ほとんどの場合は退院前に、長くても1ヶ月健診までには完全回復します。運悪く当事者になってしまっても、医師や助産師、看護師とコミュニケーションを取りながら、落ち着いて対処していただければと思います。
参考文献
1) Stefan Mohr, et al. Int Urogynecol J. 2022 Feb 7;33(6):1601-1608.
2) Michael E Carley, et al. Am J Obstet Gynecol. 2002 Aug;187(2):430-3.
3) F E M Mulder, et al. Int Urogynecol J. 2014 Dec;25(12):1605-12.
4) Groutz A, et al. Neurourol Urodyn. 2011 Jan;30(1):83-6.
