経口中絶薬について

こんにちは、副院長の石田です。

先日ラインファーマというイギリスの製薬会社が厚生労働省に経口中絶薬の承認申請をしたことが話題になりました。これまで日本では中絶を希望される女性は外科処置を受けるしかありませんでしたが、本薬剤が使用できるようになると色々な意味で患者さんの負担が軽減すると期待されており注目を集めています。ただ、その一方で国内での経口中絶薬の是非をめぐっては賛否両論あり、さらにそこにイデオロギーやポジショントーク、果ては陰謀論めいたものまで飛び交うことで議論はすっかりカオスになっている印象です。そこで本日はこのお薬がどういうものなのかお話ししてみたいと思います。

2種類のお薬を組み合わせて使います

今回経口中絶薬として承認申請が行われたのはミフェプリストンとミソプロストルという2種類のお薬です。妊娠中は様々なホルモンが分泌されて体が妊娠状態を維持できるように働いていますが、ミフェプリストンはその中でもプロゲステロンという最も重要なホルモンの働きを阻害します。さらに子宮収縮作用を持つミソプロストルという薬を組み合わせることで妊娠が効率よく終了するように設計された治療です。海外のデータでは、これにより95~98%程度の中絶成功率が確認されていますが、日本でも同様の成績が報告されているようです 1)2)3)。ちなみに妊娠10週を超えると成功率が落ちる傾向があるようです 4)。

産婦人科以外や薬局などでも手軽に手に入るようになるのか

薬が使用できるのは初期の正常妊娠であり、それ以外の例えば異所性妊娠(子宮外妊娠)などで使ってしまうと命に関わることがあります。加えて中絶前には医学的な理由で血液検査などが必要になるため処方は産婦人科での診察後にのみされるべきであり、妊娠反応が陽性に出たら安易に薬局で風邪薬みたいに購入できるとは考えない方が良いでしょう。さらに言うと、現在中絶処置ができるのは母体保護法指定医の認定を受けた産婦人科医がいる、入院設備を持った医療施設に限定されていますが、内服薬が承認された場合にそれがどこまで緩和されるのかは議論があるかと思います。

実際、安全なのか?

ホルモン剤ゆえの気持ち悪さとか頭痛なんかはざっくり半分くらいの人に見られますが、重篤な有害事象はおよそ0.1%程度とという統計があります 5)6)。また、帝王切開の既往歴がある女性であっても有害事象や成功率に影響は無いようです 7)。世界的に見れば長い使用実績があることからもとても安全な治療であるということは間違いありません。ただ、これは薬での中絶だからというわけではないのですが、医療介入である以上ゼロリスクということもあり得ません。中絶処置は胎児組織を子宮から剥がしてくる時にごく稀に大出血を伴うことがあります。その他薬に対するアレルギーや処置後に感染症を起こすことなんかもあるので夢の治療と盲信しないこともとても大切です。

まとめ

というわけで本日は経口中絶薬に関する一般的な知見についてご紹介いたしました。上記を読むと安全で有効で便利な治療なんだったら早く導入して!という声が強いのはもっともですね。その一方で、当院で言うと院長や私はそれぞれ海外でのキャリアからミソプロストルを使って誘発分娩や流産処置をした経験があるため導入に対してそれほど抵抗感はありませんが、日本では使用経験が無い医療者の方が多いため慎重になる背景も理解できます。(どんな医療者でも使ったことのない薬や道具を患者さんに導入するのは緊張するもんです。)加えて日本での中絶処置は設備が整った大病院は行っていないことが多く、街のクリニックでの処置がメインとなるため夜間休日に人がいないような診療所では不測の事態にどのように対応するかなど詰めるべき点も多いでしょう。いずれにしても患者さんにとって良い選択肢が増えるのは歓迎すべきことですので、この件についての議論が煽られすぎることなく建設的に進むことを期待しています。

1) Ashok PW, et al. Hum Reprod 1998;13:2962-2965
2) Goldstone P, et al. Aust N Z J Obstet Gynecol 2017;57:366-371
3) Osuga Y, et al. Acts Obst Gynaec Jpn 2021;73(12):1735-1739
4) Hamoda H, et al. Am J Obstet Gynecol. 2003;188(5):1315
5) Chen MJ, et al. Obstet Gynecol. 2015;126(1):12
6) Cleland K, et al. Obstet Gynecol. 2013;121(1):166
7) Dehlendorf CE, et al. Contraception. 2015;92(5):463

子育て本の紹介: 小児科医のぼくが伝えたい最高の子育て

こんにちは、副院長の石田です。

このブログを読んで下さっている方には妊娠中であったり出産を終えて子育て中だったりする方も多いかと思いますが、そんな皆さんは何か育児に関して何か参考にしているものはありますか?自分達の親や周りのママ友、保育園・幼稚園や学校の先生などから貴重なアドバイスをもらえることもあるでしょうし、育児系のネット記事や雑誌にも良いことがたくさん書いてあるかもしれません。もちろん子供の個性や家庭の事情、住む場所や時代によって一つとして正解はありませんが、今回は私が読んで参考になったと思う本を紹介させていただこうと思います。

小児科医のぼくが伝えたい最高の子育て

慶應義塾大学小児科教授の高橋孝雄先生が執筆された本です。医者が書いた育児本というと小難しい論文を死ぬほど引用してきて快刀乱麻を断つようにああしなさい、こうしなさいと白黒はっきりつけて書かれていそうですが、本書はそういった余地の無いマニュアル本ではなく、むしろ読み手とその子供を尊重し肯定してくれるような内容になっています。

中身は全4章に分かれており、前半の1〜2章は子供たちのもつ強さや能力についての解説、3章は子供との関わり方に関する提案、4章は子供のもつ強さが先生が経験した実際の患者さんのエピソードとともに書かれていますが、本書を通して一貫して訴えられているメッセージは「生まれた時点で全ての子供は大きな潜在能力を持っている」ということです。誰しも我が子が生まれた瞬間にはその子の存在自体に大きな感動と感謝をするものですが、子供が育ってくるに従って少しずつできること、できないことが目についてしまうものです。しかし筆者の考えではそういったことは長期的な視点に立てば些末なことであり一喜一憂する必要は全くなく、むしろ親の最も大切な役割は子供たちが自分達のペースでゆっくりと成長していくのをどっしり構えて気長に待ってあげましょうというスタンスです。

文中にある「子供の能力は遺伝子に全て書いてある」的な話は身も蓋も無いような気がしてしまいますが、だからこそ親は子供の得意不得意などに責任を感じすぎることはないし、むしろ子供を信じてしっかり愛情を注いでいればあとは子供たちが自分のタイミングでそれぞれに能力を開花させていきますよという筆者からのメッセージは、受験戦争や習い事の数など何かと周りの家庭と比較して焦らされてしまう現代の親子にとっては、子供の未来を最適化するために何が必要なのかを再度冷静に見つめ直すのに良いきっかけを与えてくれるかもしれません。

まとめ

というわけで本日は育児本のご紹介でした。似たような啓発めいた本は他にもありますが、それらと本書が違うのは提言の一つひとつを科学的なエビデンスや高橋先生の臨床医としての経験が裏打ちしており決して空論に終わっていないところです。もちろん冒頭でもお伝えした通り正解がないのが育児であり、そのため本書が必ずしも全てのご家庭にマッチするわけではないと思いますが一読の価値はあると思いご紹介させていただきました。もしご興味のある方は試しに読んでみてください。

出版社のリンクはこちらです→https://magazineworld.jp/books/digital/?83873013AAA000000000

※ちなみに高橋先生とは特に面識はなく、上のリンクも収益化されたアフィリエイトなどではありません。そのため当院と本書に関して特別な利益相反関係はありません。

NCPR Aコースを開催しました

先日、にしじまクリニック内でNCPRのAコースを開催しました。コロナ禍ではありますが、標準感染予防策を行なったうえで充実した講習会となりました。

「Aコース」とは、新生児の気管挿管処置や薬物投与を含めた臨床知識の学習と実技で構成される、高度な新生児蘇生法を習得するためのコースです。

にしじまクリニックの看護師および助産師は、全員このNCPR Aコースを取得してもらっています。生まれた赤ちゃんの救急時の蘇生と安定化は分刻みで行われるためです。

また、クリニックの規模として、どの医師またはどの助産師および看護師から高いかつ偏りのない医療提供を行う事を私院長のモットーとしております。これが当院の患者様が『にしじまクリニックの価値』として感じてくださってくれている一つかと思います。

なお、先月の当院の朝練でもスタッフ全員でNCPRの確認を行いました。ただ大きい講習会を単発で行なって終わらせるのではなく、継続して学習し続けることでとっさの判断と適切な手技が行えるのです。

今後も患者様の安全を高めるために、にしじまクリニック全スタッフはチーム一丸となって医療安全とその質の向上を進めてまいります。

授乳中の食生活について

こんにちは、副院長の石田です。

お産後、お母さんたちの最初のお仕事は授乳です。感染症など特定のご事情をお持ちの方以外は通常母乳を主とした授乳が開始されるわけですが、我が子に少しでも良い母乳を作ってあげたいと色んなことに気を遣うお母さんも少なくありません。特に授乳中の食べ物は敏感になる話題の一つですが、巷では様々な情報が飛び交っており混乱してしまう方も多いと思います。そこで今回は授乳と食事の関係について解説していこうと思います。

母乳と食事は関係あるのか

当たり前ですが母乳はお母さんの体内にあるタンパク質や脂肪などを原料として乳腺で作られます。そのため関係あるのかと聞かれればそれは「ある」ということになりますが、実は食事の違いが母乳に及ぼす影響は極めて限定的と考えられています。例えば母乳中のタンパク質の質や量は食事の影響をほぼ受けません 1)。また、母体における多少の摂取エネルギーの制限や体重減少は短期間であれば母乳量にも影響が出ないことが知られています 2)3)。その一方で脂質に関しては、母親の不飽和脂肪酸(DHAやEPAなど)の摂取量が増えると母乳中のそれらの濃度が上昇する可能性が知られています 。不飽和脂肪酸は魚に多く含まれていますが、赤ちゃんの脳の発達に関係があると考えられているためエビデンスは不十分ながら魚の摂取を推奨する医療者も少なくありません 4)。いずれにしてもお母さんの体には、小さな赤ちゃんを守るためにどうにかやりくりしながら母乳の質を一定に保つような機能が備わっているんですね。

乳腺炎と食事

授乳中のトラブルとしてたくさんのお母さんを悩ませているのが乳腺炎です。おっぱいが上手く出せなかったり詰まったりすることで痛みや熱を出したり、時として細菌が中に入り込んで膿が溜まってしまうこともありとてもしんどいんですね。そんな厄介な乳腺炎ですが、よく言われるのは生クリームがよくないとか肉を食べすぎると乳腺炎になりやすいといったことです。なんとなく脂肪が原因みたいなイメージが先行してこのような噂が立ちがちですが、実は乳腺炎になりやすい食事というものは今のところ見つかっていません 5)。なのでこの手の話は心配しすぎなくて大丈夫だし、乳腺炎になってしまったとしてもご自身の食生活を後悔し過ぎる必要はありません。ちなみにビタミンEはもしかしたら乳腺炎のリスクを低下させるかもしれないということです 6)。

結局授乳中の食事はどうしたらよいのか?

ここまで読んでいただくと、「じゃあ好きなもの食べてればそれでいいのか?」ということになりそうですがもちろんそんなことはなく、大切なのはバランスの良い食事という割と当然の結論に落ち着きます。授乳中は自分と赤ちゃん二人分の栄養や多くのビタミン、ミネラルが必要になります。カロリーで言えば300〜400kcal余分に必要となるのでしっかり食べることはとても大事です。(摂取栄養が減っても母乳の質が下がらないということは、赤ちゃんに優先的に配分されてお母さんの取り分が減っているということです。)魚が良いと書きましたが、その一方で種類によっては水銀摂取が問題になるので気をつけてください。ベジタリアンの女性ではビタミンB12が不足し、赤ちゃんの神経発達に悪い影響を及ぼすかもしれません。どうしても動物性の食材を摂れない場合はサプリなどで補うことも検討しましょう。カフェインは妊娠中と同様気をつけた方が良いとされています。7)8)

まとめ

というわけで本日は授乳中の食生活についてお話しいたしました。上記のように、「健康的な食生活を心がけましょう」でおしまいというあまり面白くない結論ではありますが、逆に特別気を張らないでいいんだと安心していただければ幸いです。ところで妊娠・出産を経ると味覚や食事の好みが変化する女性も少なくありません。もし好き嫌いのある方であれば、是非これを機会に嫌いな食べ物を克服できるか試してみてはいかがでしょうか?

1) Sanchez-Pozo A, et al. Hum Nutrition Clin Nutr. 1987;41(2):115

2) Butte NF, et al. Am J Clin Nutr. 1984;39(2):296

3) McCrory MA, et al. Am J Clin Nutr. 1999;69(5):959

4) Section on Breastfeeding. Pediatrics. 2012;129(3):e827

5) Department of Child and Adolescent Health and Development, WHO. Mastitis Causes and Management. 2000

6) Filteau SM, et al. Immunology. 1999;97:595-600

7) NHS. Breastfeeding and diet: https://www.nhs.uk/conditions/baby/breastfeeding-and-bottle-feeding/breastfeeding-and-lifestyle/diet/

8) CDC. Breastfeeding: https://www.cdc.gov/breastfeeding/index.htm

チームSTEPPSの実践

患者安全のため、私達スタッフのチームビルディングは欠かせません。WHO患者安全カリキュラムガイドにも引用されている『チームSTEPPS』をにしじまクリニックでは重要視し、各分野で導入しています。

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2019/09/17/patient-safety-day/

今回はチームSTEPPSについての基本原理とテクニカルタームをお話しします。

チームSTEPPSは4つのスキルが柱となってチームを運用します。

①コミュニケーション

情報が明確かつ正確にチームメンバー間でやりとりされる構造化されたプロセスを用います。

・Call out:緊急事態の時、全てのチームメンバーへ同時に伝えます。

チェックバック:発信者が意図した事が受信者に確実に理解しているかを確認します。

②リーダーシップ

チームの活動が理解され、情報の変化を共有し、チームメンバーが必要なリソースを有してリーダーシップを確立します。

情報と計画を共有するためのイベントは3つあります。

・ブリーフ(打ち合わせ)

ハドル(途中協議)

・デブリーフ(ふりかえり)

③状況モニター

状況の様々な要素に目を向けて評価を行うプロセスで、チーム機能を維持するために情報を再確認します。

医療状況の評価を支援するツールである『STEP』を用いてメンタルモデルの共有を行います。

Status:患者の状況

□病歴

□バイタルサイン

など

Team:チームメンバー

□業務量

□パフォーマンス

□疲労

など

Enviroment:環境

□施設の情報、設備

□人材

□的確なトリアージ

など

Progression (for goal):目標に向けての進捗

チームが担当する患者の状態と、それに向けた業務・活動は?

など

④相互支援

他のチームメンバーの責任と業務量を正しく認識し、お互いのニーズを予想して支援するスキルです。

業務支援

・フィードバック:適時、敬意を持って、思いやりを持って

・2回チャレンジルール:チームメンバーが重大な安全に関わる事象を見つけた場合は『業務を中断する』事ができるようにする

・CUS(Concerned, Uncomfortable, Safety issue)の表現

当院では毎朝、朝礼・ブリーフ後にチームビルディングを強化するため、様々な事例に対応するための取り組みを行なっています。明日からはこの『チームSTEPPS』の実践練習を行います。