妊娠中のサプリ

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠を目指す人も既に妊娠した人も、よく外来で質問が出るのはサプリについてです。妊娠に絡めたビタミン剤は世の中に多く出ているのですが、いつから飲んだ方が良いのか、いつまで飲んだ方がよいのか、そもそも飲んだ方が良いのかなど、ビタミンに関する疑問はとても多いです。ということで、本日はこれについて少しお話しします。

そもそもサプリって意味あるのか

妊娠、出産に焦点をあてて出されるサプリは英語でprenatal vitaminと言って、世界中で星の数ほどの種類が出ていますが、メインは葉酸、鉄、カルシウム、ビタミンB群、ビタミンDなどになります。これらの栄養素は基本的には食事でしっかり摂ることが大事で、妊婦さんの食事摂取基準が1日それぞれ葉酸:480μg、鉄:8〜9g(初期) / 20〜21g(中期以降)、カルシウム:650mg、ビタミンB12:3μgという感じです 1) が、これに対して日本人の平均摂取量は、例えば葉酸だと大体220〜250μg、鉄では6〜7gなど 2) 妊娠によって増大した需要に対して食生活が大きく変化するわけでもないためどうしても不足しがちになってしまうのも現実です。なので手軽に足りない分を補えるサプリはとても便利なんですね。

葉酸がすごい

妊娠系サプリの栄養成分の中でも一際存在感があるのはやっぱり葉酸ですね。葉酸は二分脊椎という病気を予防するのに効果があります。人間の脊椎は妊娠7週頃に形成されますが、その際になんらかの理由で背骨が一部形成されずそこから脊髄という大事な神経の幹が外側に向かって飛び出してしまうのが二分脊椎です。重度になると腰に大きな塊を形成するだけでなく下肢の麻痺や排泄機能異常などを起こし日常生活にも関わる重大な障害を引き起こす大変な病気ですが、葉酸のサプリにはこれを予防する力があるんですね。具体的には妊娠前から1日0.4mg(400μg)を飲み続けることで効果が発揮されます 3) 。(逆に、妊娠早期で脊椎の形成が完成するため妊娠に気づいてから飲み始めても遅いわけです。)

鉄もすごい

次に鉄ですが、妊婦さんは元々の鉄需要が増大するだけでなく妊娠末期に向けて血液の量も増大するため材料不足と希釈効果の両面から容赦なく貧血になる傾向があります。それに加えて出産自体が出血を伴うイベントになるので貧血状態でお産を迎えてしまうともうフラフラなわけですね。なので妊娠中は産婦人科医や助産師、看護師も妊婦さんが貧血にならないようにとても気を遣っているし、一旦その傾向が見つかればすぐにお薬を使うようにしています。それでも日本は諸外国に比べて妊婦健診が多く貧血が見つかりやすいのですが、海外は健診回数が少なく日本ほど検査もしないので、初めから全ての妊婦さんにサプリを勧める地域もあります。

その他も大事

その他の栄養素もとても大事です。カルシウムは妊娠、授乳を通して強烈に赤ちゃんに持っていかれるため、この時期のお母さんの摂取量が少ないと若くして骨粗鬆症になってしまうことなんかもあります。同様にビタミンDもとても大切だし、その他多くの必要な栄養素が手軽に摂れるとあって最近は自主的に飲んでいる妊婦さんが増えたような印象があります。

まとめ

必ずしも飲まないと妊娠できないとか無事に出産を乗り越えられないというわけではありませんが、その反面で様々なメリットがあることも事実です。薬局とか通販でもたくさん種類があって選べますし、当院でもご希望の方にエレビット4) という製品をご用意しておりますので興味のあるかたはお気軽にご相談ください。ちなみにうちの院長がこれでの利益をあんまり考えていないらしく、まとめ買いじゃなければECサイトより少し安いみたいです。

1) 日本人の食事摂取基準(2015年版):厚生労働省

2) 国立健康・栄養研究所 http://www.nibiohn.go.jp/eiken/kenkounippon21/eiyouchousa/keinen_henka_eiyou.html

3) 産婦人科診療ガイドライン 産科編2017:日本産科婦人科学会

4) https://www.shop.bayer.jp/elevit/?_ga=2.172540643.1123320824.1563860664-1911164368.1563860664

Patient Safety Day

こんにちは。本日はWHOが定めるPatient Safety Day、日本語では『患者安全の日』になります。

日本では『医療安全』という言葉がよく用いられますが、世界では『患者安全』の方がしっくりくるようです。

にしじまクリニックでの『患者安全』の対策として、”チームSTEPPS”1)というプログラムを導入し始めています。

チームSTEPPSは、患者安全とチームパフォーマンスの向上をはかるため、アメリカで国と医療業界が開発したプログラムです。

医療安全・患者安全の取り組みは、なかなか把握しにくいものですが、チームSTEPPSは、エビデンスに基づいたプログラム、というのがポイントで、2011年のWHO患者安全カリキュラムガイドにも引用されています。

チーム医療の中に患者さんも含まれ、患者さんもスタッフも、心配事があれば汲み取る、メンタルモデルの共有が軸となっています。

当院ではまず、CTG(ノンストレステスト)での評価、産後出血時の対応、産後健診での記載欄で用いられています。

患者さんの安全がより高まるよう、当院ではこの取り組みを積極的に行ってまいります。

院長記載

1)チームSTEPPS 2.0

にしじまクリニックでの貧血対策

先日、石田先生が貧血についての投稿がありました。

WHO(世界保健機関)は妊娠期間中、30〜60mg/日の鉄および400μgの葉酸の摂取を推奨しています。1)

なお、私が以前活動していた国境なき医師団では、65mg含有の鉄と400μgの葉酸を含有したタブレットを貧血対策として使用していました。2)

当院の貧血対策として、まず定期採血でHb(ヘモグロビン)を確認します。

Hbが11g/dL未満の場合、(妊娠性)貧血と判断します。

次に、MCV(平均赤血球容積)という項目で、大球性貧血の鑑別を行います。

大球性貧血と判断した場合、葉酸や血清ビタミンB12の不足が考えられます。当院では『エレビット』という葉酸マルチビタミンサプリをご用意しております。

大球性貧血を否定し、さらにHb 9g/dL未満の場合、鉄剤の注射の対応としています。鉄剤注射を行う場合、やみくもに静注してしまうと、肝臓などに鉄が付いた病態のヘモクロマトーシスが問題になります。どの位鉄剤を静注してよいかの指標に、フェリチンをいう、鉄貯蔵量を反映する値を確認しています。

Hbが9以上11g/dL未満の場合は鉄剤内服を処方します。錠剤の内服が難しい場合はシロップ剤を院外処方することが可能です。なおこのシロップ剤は小児科でも処方されるものです。

少しややこしいかもしれませんが、皆さまへ適切な処方を行うために取り組んでいることをご理解いただけたら、と思います。下に当院マニュアルのフローチャートを載せておきます。3)

院長記載

1) e-Library of Evidence for Nutrition Actions

2)ESSENTIAL OBSTETRIC AND NEWBORN CARE 2015 edition

3)日本医師会雑誌2018年7月、適切な貧血診療のポイント

妊娠と貧血

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠されたことがある人はご存知かと思いますが、妊婦健診中に結構な確率で「貧血」が言い渡されます。実際データ的にも半数以上の妊婦さんが貧血と診断されることが言われていますが 1)、これは一体どういうことなんでしょう?

というわけで本日は妊娠と貧血のお話です。

貧血とは

貧血とは「血が足りない」状態ですが、具体的には血液中の赤血球という細胞が正常よりも少ない状態を言います。検査的にはヘモグロビン(Hb)やヘマトクリット(Ht)が指標になりますが、世界保健機構(WHO)は妊娠中の場合はHb <11 g/dL、あるいはHt < 33%の場合で貧血と定義しています 2)。また、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)では妊娠中期はHb < 10.5 mg/dL、Ht < 32%としていますが、それ以外の妊娠初期と後期に関してはWHOと同じ基準になっています 3)。ちなみに当院の場合は妊娠中も産後も一貫してHb <11 mg/dLを貧血として治療しています。

なんで貧血になるのか

妊娠中は血の原料である鉄分の需要が増大します。妊娠・出産を通して全部で1000mg以上の鉄が必要になると言われていますが、内訳としては赤ちゃんと胎盤に300〜350mg、お母さんの血液量増加分に500mg、分娩中の出血による喪失量が250mgくらいと試算されています 4)。妊娠初期には単純に生理が無くなったことで一時的に鉄の需要は低下するものの、妊娠末期には7.5mg /日まで増加します。厚生労働省によると、鉄の食事摂取基準は妊娠していない生理のある女性だと大体10mg /日前後ですが 5)、実際に腸管から吸収されるのは10%程度になりますので普通の食事をしていると1mg程度しか補われないため貧血になっていくんですね。

貧血を放っておくとどうなるのか

貧血自体がふらつきや息切れなどの症状を起こしますし、本当に重度の貧血の場合は心不全になることもあります。また、出産自体が出血を伴うイベントになりますので、貧血の状態でさらに大出血になったら体へのダメージは深刻です。出産自体も大変ですがその後の育児はもっと大変なので、貧血の状態で臨むのは非常に辛いと思います。さらに言うと妊娠中の貧血は胎児の発育遅延や早産との関係も示唆されており、あらゆる観点から放っとくとロクなことが無いということになります 6)。

治療法

諸外国では日本ほど密な妊婦健診も行われず(途上国だと妊娠中全部で4回とかの国もあります)貧血が見逃されやすいこともあってか、ほとんどの女性が妊娠するとサプリメントをお勧めされているようです。妊婦さん用のサプリがたくさん販売されており、主に鉄分、ビタミンB群、葉酸など赤血球を作るのに欠かせない栄養素がたくさん入っています。ちなみに当院ではエレビット®︎という製品を取り扱っています。サプリメントを摂っていると貧血の予防効果が期待できますが、実際に貧血になってしまった場合には医薬品での治療が必要となります。具体的には鉄のお薬を処方することになりますが、中には内服で気持ち悪くなってしまう人もいるので、そのような方には注射での治療の選択肢もあります。

まとめ

というわけで意外と恐い貧血というお話でした。皆さんもご存知のように鉄分は小松菜やほうれん草などの青菜類、また豆類にも豊富に含まれています。貧血になってしまうのは妊婦さんの宿命的な部分が大きいですが、皆さんも是非普段の食生活から意識してみてはいかがでしょうか?

1) Achebe MM, et al. Blood 2017 Feb 23: 129(8): 940-949

2) World Health Organization; 2001

3) Centers for Disease Control and Prevention. MMWR Recomm Rep. 1998; 47(RR-3): 1-29

4) Bothwell TH. Am J Clin Nutr. 2000 Jul; 72(1 Suppl): 257S-264S

5) 厚生労働省 鉄の食事摂取基準: https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/dl/s0529-4aq.pdf

6) Ren A, et al. Int J Gynecol Obstet. 2007 Aug; 98(2): 124-8

正期産とは

おはようございます。この度、私院長と副院長の石田による、ブログを開設することになりました。

当院の妊婦さんや患者さんは、大変勉強熱心な方が多いです。妊娠が判明しお渡しする当院のテキストや、顧問(先代院長)の本を熟読されて妊婦健診に望まれています。両親学級も皆さん真剣に受講されており、大変ありがたいことです。

医療を提供する側として、少しでも皆さまのお役にたちたいと常に考えています。テキストや両親学級、もちろん外来や入院時でのアドバイスのほか、新たな情報提供の場として今回ブログを立ち上げることになりました。

当院の価値観として、『エビデンスに基いた、親身ある産婦人科医療とサービスを提供する』をかかげております。

インターネットでわからない事があれば簡単に検索できる時代です。ただし、その情報はどのくらい正確でしょうか。このブログでは、そのような不安や心配を解消するツールの一つになることができれば、と考えています。

さて、初回のブログは、『正期産』に関わる定義についてご説明します。

赤ちゃん(児)は分娩予定日ちょうどに必ずしも産まれるわけではありません。そうだとしたら、何週から何週までの間に 産まれるのでしょうか。また産まれるのが望ましいのでしょうか。

妊娠37週から41週までの出産を正期産となります。妊婦さんはこの辺りでの出産が多く、分娩の約90%は正期産といわれています。

妊娠36週までの出産を早産、妊娠42週以降の妊娠状態を過期妊娠といいます。

早産では児の未熟性が、過期妊娠では児の健康状態が問題となります。妊娠42週以降は児に関わる罹病率が高くなるので、妊娠41週中になるべく出産したほうが安全だと考え、私は外来で、その時期になると皆さまへ誘発分娩を進言させていただく場合があります。1)

一方、妊娠35〜36週の早産児の生命予後は正期産児のそれと比べて変わらないことが判っています。もちろん、その後未熟性がないか出産後、慎重に診てまいります。

1)産婦人科診療ガイドライン 産科編2017