妊娠と麻疹(はしか)

こんにちは、副院長の石田です。

先日、「都内で3年ぶりに麻疹患者確認!」というセンセーショナルな見出しがニュースに出ましたが、それを受けて不安を感じた妊婦さんたちから「かかっても大丈夫ですか?」という質問をいただきます。もちろん感染症は病気なので「大丈夫」ということはないのですが、具体的にどんなことが心配なのかについて解説したいと思います。

麻疹とはどんな病気なのか?

麻疹はウイルスによって引き起こされる全身感染症です。主に空気感染によって伝播して行きますが、その感染力は数ある感染症の中でも最強クラスで基本再生産数(R0)はCOVID-19やインフルエンザが3〜4くらいなのに対して麻疹は15前後と「同じ空気を吸うだけで感染する」「すれ違っただけで感染する」と描写されるくらいにとても高いです。感染が成立すると幅はあるもののおおよそ2週間前後で発熱、倦怠感、咳、結膜炎などで発症し、続いて発疹が見られるのが特徴です 1)2)。そう書くとなんだか普通の風邪っぽい印象になるかもしれませんが、実際の症状はかなり強いようで肺炎や脳脊髄炎などに移行して重症化することもあり、2018年には世界でも14万人以上の人が麻疹のために亡くなったということです。決定的な特効薬は存在しないためワクチンによる予防が対策の鍵となります。

妊娠と麻疹

三日ばしかと呼ばれることもある風疹と混同されることもありますが、母体に感染すると胎児に難聴、失明、心疾患などといった影響を及ぼす風疹と違って先天奇形との因果関係は指摘されていません。その一方で感染した妊婦が重症化しやすかったり、流早産や子宮内胎児死亡や母体死亡のリスクが高いとされています 3)。その他、胎児が子宮内感染し出生後に発症する先天性麻疹という病態もありますが、それが懸念される場合には別途特別な対応を行うこととなります。

まとめ

本日は妊娠と麻疹について超簡単にお話ししました。麻疹はそれ自体が非常に強い感染力と症状がありますが、妊娠という免疫機能が控えめになった状況と合わさるとさらにリスクが上がります。そうそう流行するものでもありませんがその一方で定期的に話題になるのも事実ですので、ワクチン以外の対策が難しい感染症ではあるものの妊婦さんにおかれましては感染防御に、またご家族に関してはできるだけ持ち込まないようにワクチン接種を含めて心がけていただければと思います。

1) Richardson M, et al. Pediatr Infect Dis J. 2001;20(4):380
2) Hubschen JM, et al. Lancet. 2022;399(10325):678
3) Ogbuanu IU, et al. Clin Infect Dis. 2014 Apr;58(8):1086-92

お腹の赤ちゃんに臍の緒が巻いているか心配になった時に読む話

こんにちは、副院長の石田です。

臨月も近くなり、いよいよお産を意識し始めると気になってくるのが「臍の緒が赤ちゃんの首に巻きついていたらどうしよう?」という心配です。実際、少なくない妊婦さんに「うちの子、大丈夫ですか?」と聞かれるので、本日はこの件について解説したいと思います。

臍の緒が首に巻きついているとどうなるのか?

結論から言うと赤ちゃんへの影響はあまり考えなくて良いようです。首に臍帯が巻きついている場合は出生直後の赤ちゃんの元気度を表すアプガースコアが低くなる傾向があるようですが、一方で胎児死亡や新生児集中治療室への入院率は上昇しなさそうと言うことで、それが深刻な状況に発展することはほとんどないようです 1)2)。また、分娩中に胎児心拍異常の出現率が上がるかもしれないと考えられている一方で、諸説あるものの脳性麻痺を含む神経障害などの発生に関しては「明らかな影響はなさそう」というのが多数派の見解のようです 2)3)4)。

当院での対応

上記の通り出生直後の赤ちゃんの立ち上がりが悪くなる可能性があること、エビデンスは定かではないものの分娩の最後に少し引っ張られて出にくくなることがある印象から、念のため当院では37週の妊婦健診時に首への臍帯巻絡がないかどうかチェックして記録に残してスタッフ間で情報共有しています。ただ、医学的にはそれが赤ちゃんの予後に大きな影響を与える可能性は低いこと、そうは言っても「臍帯が赤ちゃんの首に巻いていますよ」と聞くと必要以上に妊婦さんとご家族を心配させてしまう可能性が高いことから積極的にお伝えしてはいません。一方で内緒にしているわけでもないので、その際に聞かれれば正直にお答えもしています。

まとめ

ということで本日は臍帯巻絡についてお話ししてみました。我が子の首がロープのようなもので絞められていると想像するとちょっと怖い気もしますが、実は20%程度の赤ちゃんに臍帯巻絡は見られるとされており、そんなに珍しいものでもありません 1)。日本産婦人科医会のウェブサイトでも「心配しすぎないで大丈夫ですよ」と案内されていますが、実臨床の経験としてもほとんどの赤ちゃんは問題なく生まれてくるので安心していただいて大丈夫です 5)。ただ、「それでも気になるから知っておきたい!」という妊婦さんもいらっしゃることと思いますので、気になる時には超音波検査中に遠慮なく院長や私に聞いてみてください。

1) Dexter J L Hayes, et al. PLoS One. 2020 Sep 24;15(9):e0239630
2) Eyal Sheiner, et al. Arch Gynecol Obstet. 2006 May;274(2):81-3
3) Gutvirtz G, et al. Early Hum Dev. 2019;133:1
4) Ogueh O, et al. Acta Obstet Gynecol Scand. 2006;85(7):810
5) 日本産婦人科医会. 女性の健康Q&A: https://www.jaog.or.jp/qa/confinement/200819/

妊娠したら重いものを持っていいのか

こんにちは、副院長の石田です。

病院で無事に正常妊娠が確認された直後に最も気になることの一つが「重いもの持って大丈夫ですか?」という疑問です。日常生活での買い物や仕事はもちろん、上のお子さんがいれば抱っこしていいのかということも気になりますよね。特に介護や運送などの仕事をされている人は心配が絶えないと思います。そこで本日はこの話題について触れてみたいと思います。

重量を取り扱うことのリスク

妊娠中に重量を扱うことで物理的な子宮への圧迫や持ち上げる動作・体勢による静脈圧の変化、下肢から血液還流の減少などが起こりえますが、理論上はこれらにより流早産や低出生体重児、妊娠高血圧症候群のリスクが懸念されます 1)2)。また、妊娠に伴う重心の変化、関節や背骨の不安定性の増加、バランスコントロールの変化などにより、筋肉や骨格の損傷リスクも妊娠前と比較して上昇すると考えられています 1)。

妊娠中に持ち上げるものの重量制限

では、どの程度の重さまでなら取り扱っても大丈夫なのでしょうか?重量制限については、日本では女性労働基準規則第二条で妊婦の年齢と作業の種類によって以下のように定められています。

また、米国疾病予防センター(CDC)では妊娠20週以前か以降か、持ち上げる頻度、そして高さや角度によって細かく決められていました 3)。細かくご紹介するとキリがないんですが、例えばお腹の高さに持ち上げる作業が5分に1回未満の場合、妊娠20週以前では16.3kg、妊娠20週以降では11.8kgですが、5分に1回以上で、しかも1日1時間以上その作業に従事する場合には妊娠20週までは8.2kg、妊娠20週以降では5.9kgとされています。(細かくて目が疲れますが、気になる人は以下の表をご参照ください。)

実際重いものは妊婦さんと赤ちゃんのリスクるのか

上記のように諸々と示されてはいるものの、実は根拠となるエビデンスの質は必ずしも高いものではないようで、この問いに関して明確な答えは未だに出ていないようです。データによってはリスクは上昇しない、あるいはリスクの上昇が示されてはいてもその幅は決して大きくないという話もあるようです 4)。ちなみに英国王立内科協会の資料によると重量物を取り扱う妊婦さんにおける早産、流産、新生児の低体重リスクの上昇はそれぞれ0.1%、0.2%、0.8%程度に留まるようでした 5)。そもそも上記の目安を提案しているCDCですら、サイトの下の方で「実際に流産などになったとしても、それが重いものを持ったせいかどうか判断するのはほぼ無理だし、実際本当の意味で何キロまでならいけるかとかは我々には分からない。」と書いているんですね 3)。

まとめ

というわけで本日は妊婦さんと赤ちゃんに対する重量物のリスクについてのお話でした。上記を踏まえた上で、私は「無理せず持ち上げられる程度のものであれば、あまり気にし過ぎなくて良いですよ」とお伝えしています。確かにお母さんと赤ちゃんのリスクが上昇する可能性は否定できませんが、そもそもその動作は上の子の抱っこや買い物などの日常生活や、家計を支える仕事など必要でやっていることがほとんどだからです。もちろんただでさえ体調が万全とは言えない妊娠期に重労働を避けられればそれに越したことはありませんが、どうしても自分がやらなければいけない時にはその動作は必ずしも大きなリスクとは言えないので心配し過ぎなくても良いと思います。逆に、男性や妊娠していない女性におかれましては、「妊娠中に重いものを持たせるとリスクがあるかもしれない!」と考えて積極的に周りの妊婦さんの重労働を代わってあげてください。

1) Thomas R Waters, et al. Hum Factors. 2014 Feb;56(1):203-214
2) Palmer KT, et al. Occup Environ Med 2013;70:213-22
3) Centers for Disease Control and Prevention. The National institute for Occupational Safety and Health (NIOSH). Physical Job Demands – Reproductive Health: https://www.cdc.gov/niosh/topics/repro/images/Lifting_guidelines_during_pregnancy_-_NIOSH.jpg
4) The American Collage of Obstetricians and Gynecologists Committee Opinion No. 804. Obstet Gynecol 2020;135:e178-88
5) Royal College of Physicians. Advising women with a healthy, uncomplicated, singleton pregnancy on : heavy lifting and the risk of miscarriage, preterm delivery and small for gestational age.: https://www.nhshealthatwork.co.uk/images/library/files/Clinical%20excellence/6220_Pregnancy_info_heavy_lifting.pdf

世界各国の不妊治療事情

こんにちは、副院長の石田です。

体外受精など、「基本治療」とされる一連の不妊治療が2022年4月に保険適用されてから1年が経ちました。この間、不妊治療から無事妊娠が成立して当院を受診してくださった患者さんも大勢いらっしゃいますので、恐らく多くの方が保険診療の恩恵を受けられたことと思います。さて、そんな折ですが、学会誌に「諸外国における不妊治療の公費負担状況」という面白い論文が投稿されていたので本日はそちらから世界の不妊治療事情をご紹介させていただこうと思います 1)。

各国の公費負担割合

まずはご参考までに、International Federation of Fertility Societies(IFFS)という生殖医療に関わる代表的な国際組織が出したレポートによると、回答を得た88カ国のうち、53%にあたる47カ国で不妊治療をする患者さんに何かしらの財政支援が行われているそうです 2)。そんな中で冒頭の論文を読むと、ヨーロッパでは大半の国で何らかの公費負担が実施されているようで、たとえばフランス、イギリス、スペイン、デンマーク、スウェーデンなどではそれぞれに設定した条件のもと、100%の治療費が公費で賄われているということでした。また、保険の種類や州によってはドイツでも100%補助が出ることがあるほか、オランダでも加入している保険次第で90%がカバーされることもあるようです。ちなみに日本では43歳未満の女性が対象で、子供一人あたり6回(40歳以上では3回)まで保険適用としていますが、上記の国々では年齢制限は概ね40歳前後、治療回数は3回前後に設定されていることが多いです。他の国や地域で言うと、台湾は日本と大体同じような内容、韓国では自己負担10〜50%(年齢や所得による)、そしてなんとイスラエルでは婚姻状況を問わず45歳までのすべての女性が、第2子が出生するまで無償・無制限で治療を継続することができるみたいです。

上記の補足

さて、ここまでの流れだと「日本、まだまだじゃん。少子化なんだしもっと頑張らないと。」って思う方もいらっしゃるかもですが、もちろんそれぞれの社会にはそれぞれに抱える問題点もあります。例えば手厚そうに見える欧州各国の制度ですが、国によっては薬剤費は自腹だったり肥満女性は対象外になるなど必ずしもみんなに使い勝手が良いわけでもないようです。また、公費診療だと診察予約が1〜2年先になることもザラにあるようで、そこまで待てない女性に関しては結局自費での治療を選ぶことも少なくないみたいです。イスラエルは大盤振る舞いに見えますが、恐らくは文化的な事情に加えて常に亡国の緊張感がある歴史的背景などから「子供を産むことへの同調圧力」が極めて強く、加えて上記の制度がそれを後押ししているため一部の女性に対してかかる精神的負担の大きさが社会問題になっているということでした。そこで言うとフリーアクセスで予約も取りやすく、かつ国際的に見ても低単価とされている日本の不妊治療費用がさらに保険適用になっているのは、妊娠、出産を希望するカップルや個人にとって優しい社会と言えるのかもしれません。

まとめ

というわけで本日は不妊治療についてのお話でした。不妊治療はもともと産婦人科医の中でも知識や技術がそれに特化した人材でないと扱いきれないという特殊性があります。そのため私自身はこの分野に関して何か偉そうなことを言える立場にはないのですが、こうして制度の国際比較とその背景の考察をすることで様々なことが見えてくるのは興味深いなと思い記事にさせていただきました。とは言え当院でも、妊娠を希望しているけど専門施設にかかるのはちょっとハードルが高いという患者さんのご相談や初期診療はお受けしております。ご希望の方は是非気軽に予約を取ってお越しください。

1) 前田恵理 日本産科婦人科学会雑誌 Vol. 75, No. 3, pp.392-399, 2023
2) IFFS 2022. Global Trends in Reproductive Policy and Practice, 9th Edition. Global Reproductive Health 2022;7:e58

妊娠と違法薬物

こんにちは、副院長の石田です。

定期的に見るニュースの一つに違法薬物の問題があります。最近も有名人が逮捕されて話題になりましたが、いちいち表に出てこないだけで実は私たちの身近な場所にも意外と存在しているのかもしれません。実際日本ではまだ裏社会のイメージがありますが、海外では思ったよりもオープンに取引されていることも多く、私が以前海外に住んでいた時には繁華街のイタリアンレストランで大麻がトッピングされている”Happy Pizza”が食べられることが有名でした。(もちろん私は食べたことはありません。)
そこで本日は違法薬物と妊娠について少し解説してみようと思います。

妊娠と大麻

大麻はマリファナ、ハッシシ、ウィードなどの呼び名で出回っている薬物です。テトラヒドロカンナビトール(THC)と言う成分が神経系に作用することで穏やかな気持ちになったり幻覚を見たりするそうですが、実際の作用機序についてはまだ分かっていないことも多いようです 1)。「中毒性が低い」「健康に良い」という言説が聞かれることもありますが、実際諸外国では解禁される動きもあるため手が出しやすい印象があるかもしれませんね。さて、社会的な大麻の是非については触れませんが、妊娠に対しては明らかに悪影響があると考えられています。具体的には赤ちゃんが小さく育ってしまったり、生まれた子供が成長するにつれて注意力、記憶力、問題解決能力、行動などに問題が出るというデータが出ています 2)。

妊娠とコカイン

コカインは通称コーク、クラックと呼ばれて販売されている薬物です。主にドパミン、ノルエピネフリンといったホルモンを活性化する作用を持っており、体内への吸入や注射によって攻撃的で興奮した状態を作り出します 1)。後述する覚醒剤も同様の作用がありますが、コカインは覚醒剤よりもよりドパミンに対する作用が強いと言われています。妊娠中に使用すると高血圧や胎盤早期剥離、痙攣、早産など様々なリスクがあります 3)。赤ちゃんへの影響も様々言われてはいるものの、コカインを使用している妊婦さんではアルコール、タバコなどを含めた多種多様な薬物の併用や、性病を含む様々な感染症の合併の頻度が多いことからコカイン単独による胎児への影響の評価が極めて難しいようです。余談ですが、鼻からの吸入で常用している人では、コカインの強力な血管収縮作用と鎮痛作用により左右の鼻の穴を隔てる鼻中隔が知らない間に壊死して、鼻の穴が一つになってしまう”Coke Nose Hole”と言う所見が有名です。

妊娠と覚醒剤

覚醒剤はスピード、シャブ、クランクなどの呼称で流通している薬剤で、最近話題になったMDMA(通称“エクスタシー“)もこの仲間に入ります。もとは1885年に日本の薬学者によって抽出されたエフェドリンですが、その後エフェドリンからアンフェタミンやメタンフェタミンといった現在覚醒剤として主に出回っている物質が合成されるに至りました。日本でも戦後まで疲労回復や眠気解消を主作用としてヒロポンという商品名で一般に販売されていましたが、中毒性が判明するに従い法で規制されるようになりました。ドパミンやノルエピネフリンの作用を増強することでハイになる効果があるわけですが、これらを妊娠中に使用すると早産や胎児発育不全、そして時として子宮内胎児死亡の原因になると言われています 1)4)。また、生後の発達段階での注意力の低下や感情の不安定化とも関係している可能性があり、当たり前ですが使用しない方が良いみたいです。

まとめ

というわけで本日は妊娠と違法薬物についてでした。主だった3つについて解説してみましたが、他にもヘロインやフェンタニルなどお騒がせの薬物はたくさんあります。これらの物質の怖さは一度でも手を出してしまうと抜け出すのがとても難しいことです。恐ろしいことに自分から求めていなくても生活に入り込んでくることもあると聞きますので、知らず知らずのうちに人生を壊されないように気をつけていきましょう。

1) UNODC. Terminology and Information on Drugs. Third edition. https://www.unodc.org/documents/scientific/Terminology_and_Information_on_Drugs-E_3rd_edition.pdf
2) CDC. What You Need to Know About Marijuana Use and Pregnancy. https://www.cdc.gov/marijuana/health-effects/pregnancy.html
3) NIH. Cocaine Research Report. https://nida.nih.gov/download/1141/cocaine-research-report.pdf?v=3f3fb3f0903dfa8879388c2a5d086cb9
4) Marcela C, et al. Clin Obstet Gynecol. 2019 Mar;62(1):168-184