ピルとの併用に注意が必要な薬

ピル内服において、他の薬との併用に注意が必要なものを今回説明します。

・ピルの効果が低下する薬

抗てんかん薬、一部の抗菌薬 (リファンピシン)など

抗結核薬の一つであるリファンピシンはピルの併用により、ピルの成分であるエチニルエストラジオール(以下EE)の代謝を促進するので不正性器出血(非器質性子宮出血)の増加や妊娠例が報告されています。特に低用量ピルといわれるEE 30μg(0.03mg)未満の製剤(ヤーズ®︎、ルナベルULD®︎、ジェミーナ®︎)との併用はピルの効果が不十分となる可能性があります。

・ピルの効果が強まる薬

アセトアミノフェン

・併用すると併用した薬の効果が低下するもの

アセトアミノフェン、抗てんかん薬、GnRHアゴニスト/アンタゴニスト薬(子宮筋腫や子宮内膜症に対する薬) など

・併用すると併用した薬の効果が強まるもの

三環系抗うつ薬、ステロイド、シクロスポリン(免疫抑制薬)、テオフィリン(気管支喘息治療薬の一つ)、オメプラゾール(胃酸分泌抑制薬)

三環系抗うつ薬の内服はそれ自体の薬効が強まる恐れがあり、投与量を減らすなどの対応が必要です。また向精神薬全般に言えることですが、相互作用から非器質性子宮出血の原因となることがあります。

上記薬剤から身近な薬で併用注意が必要なのは、市販でも販売されているアセトアミノフェン(タイレノール、ノーシン、セデス、ナロン など)でしょうか。

アセトアミノフェンの併用はそれ自身の効果が減弱し、ピルの効果は増強する可能性があります。

よってピルを内服したばかりでまだ生理痛が心配な時は、ロキソプロフェンなどのNSAIDsを処方するのが無難かと思います。なおNSAIDsとピルの併用により血栓症のリスクが上がることはないとされています1)。

参考文献

1) CQ113. OC・LEPガイドライン2020年度版

文責 院長

ピルの経済学

こんにちは、副院長の石田です。

近年は社会のリテラシー上昇に伴いピルが市民権を得ているように感じます。一昔前は女性がピルを使っていると言うと、無根拠に後ろめたい空気感すらありましたのでそれを思うと隔世の感がありますね。さて、心理的ハードルが下がりつつあるとはいえ、ピルを飲み続けることに関しては薬代に加えて通院費用などの経済的負担、そして通院にかかる時間や体力、さらには毎日同じ時間帯に内服を続けるという手間などから二の足を踏まれる女性も多いかもしれません。そこで本日はいつもと違う視点でピルについて考えてみたいと思います。

ピルの種類と値段

ピルには色々種類があるのですが、1ヶ月あたり概ね700〜3000円くらいで購入することができます。値段に4倍近くばらつきがあるのは月経困難症と診断された方には保険が適用されるからです。細かい違いはあるものの、どのピルでも大きな意味での効果効能は同様に期待できるため保険のピルの方がいいじゃん!となりそうですが、製剤によって体に合う・合わないがあったり、保険適用の製剤でも先発品だと自費処方のピルとそんなに自己負担額が変わらない場合もあります。むしろ自費処方の製剤ではネットで購入しやすかったり多めの量をまとめて購入しやすかったりと融通が効きやすいため便利だと感じる人も多いかもしれません。いずれにしてもここで言いたいのはピル自体の費用は一番高くて月3000円くらいだと言うことです。

ピルの経済効果

では、逆にピルを内服しなかった場合の損失について見てみましょう。ピルの恩恵をどれほど受けられるかは女性一人ひとりで違いますが、社会全体として見てみると日本では月経困難症だけでも6862億円の損失が見積もられています 1)。このうち労働生産性低下による損失が4911億円と約72%を占めており生理痛をコントロールできるだけでもこれほどの経済効果が期待できるのが分かります。また、同様に日本人を対象にした別の研究によると月経困難症の患者さんを症状から解放できた場合、個人レベルでも通院費や薬剤費を払ったとしても失われずに済む利益の方が大きいとされています 2)。これらは飽くまで月経困難症のみを考慮した話ですが、ピルには他にも月経前症候群(PMS)の改善、卵巣がんを含めたいくつかの悪性腫瘍予防効果、性暴力被害を含めた望まれない妊娠を防ぐ避妊効果、ニキビの治療効果、子宮内膜症による不妊の予防効果などもあるため、これらによる直接、間接での損失を考慮するとピル内服による経済的な利益はそれ以上になると考えられます。

まとめ

上記の試算に関しては月経の程度などによって受けられる恩恵に個人差があると思われますが、学校や仕事、家事など生活に影響が出るほどの月経痛がある人にとってピルの内服は「投資」としての視点に立つならば高いリターンが期待できると思われます。また、同様に定額を払い続ける保険と比較すれば、20代半ばの方の終身医療保険の支払いとそれほど変わらない程度の金額であり、かつ保険と違って体に良い効果が得られることを考えれば納得感があるでしょうか?
絶対額で見ると決して安い買い物ではないかもしれませんが費用対効果はとても高いお薬ですので、生理痛や月経前症候群などでお困りの女性は是非前向きにご検討ください。

1) Erika Tanaka, et al. J Med Econ. 2013 Nov;16(11):1255-66
2) Ichiro Arakawa, et al. Cost Eff Resour Alloc 2018 Apr 10;16:12

イスラム教と出産

こんにちは、副院長の石田です。

普段からたくさんの患者さんに当院をご利用いただいておりますが、最近では外国人の患者さんをお手伝いする機会が増えてきたように思います。そういった方々は国籍や言語ということだけでなく、文化や宗教など様々な違いのために個別の対応を必要とすることもあり、当院としては自分たちで勉強するだけでなく患者さんご本人やそのご家族にアドバイスをいただきながら医療を提供させていただいております。そこで、多様性が重んじられる昨今でもありますので、ささやかではありますがせっかく得られた知見を皆さんとシェアできればと思います。というわけで本日はイスラム教と妊娠、出産についてのお話です。

簡単にイスラム教とは

イスラム教は西暦610年ごろにサウジアラビアのメッカという場所にいたムハンマドという商人が創始した宗教です。ご存知の方も多いかもしれませんが、唯一神として崇められているアッラーはユダヤ教、キリスト教の神様であるヤハウェと同一であり、その意味でこれら3つの宗教は派生関係にあります。その時代ごとに絶対的な神様のお言葉を聞く能力を得た預言者(ユダヤ教ではモーセ、キリスト教ではキリスト、ユダヤ教ではムハンマド)が民衆に神の教えを広めたというスタンスですね。イスラム教は主に北アフリカ、中東、東南アジアなどの地域に全部で18億人前後の信者がいるとされています。習慣としては1日5回の礼拝や、日中の断食であるラマダン、食材に特別な配慮が必要なハラルなどが有名ですね。

妊娠、出産における習慣 1)

可能であれば女医さんによる診察が望ましいようで、実際当院の院長が活動していた国境なき医師団でも派遣先がイスラム国家の場合、産婦人科医は女医限定での募集になることがあるそうです。ただ、当院ではあいにく女性の産婦人科医がいませんがそれをご納得いただけることも多いため絶対的な決まりではないのかもしれません。その一方でお産の際には特徴的な習慣があります。例えば生まれた直後に赤ちゃんの耳元で親が信仰の宣言であるAdhanを唱えるのは極めて重要な儀式とされています。また、Tahneekと言って潰したデーツの実を口の中の上顎に塗りつけるという風習もあるそうです。そのほかユダヤ教のように割礼なども行われるそうですが、日本の産婦人科でそこまで提供するのは難しいかもしれませんね。

産後の入院生活

上記の通り、通常ムスリムの方は1日5回メッカに向けての礼拝を行いますが、産後の性器出血がある女性はnifaasと呼ばれ、日々の礼拝はしない決まりになっているということでした。ちなみにこれは生理など他の原因による性器出血でも同様だそうです。
病院で提供する食事はとても気をつかうポイントですが、ムスリム人口が多くない日本ではどのように注意すべきかが難しいですよね。私は以前パキスタン人の友達を自宅での食事に招いた時にどのような食材ならよいか事前に聞いたところ、ムスリムの人たち自身も数ある食材を全て把握することは不可能であるため詳しい説明はできないが、ハラル認証マークのついた食材を使ってくれれば大丈夫だよと言われたことがありました。いずれにしても当院では万全を期して妊婦健診中から調理部のスタッフとの面会を通して細かく打ち合わせていただくようにしています。

まとめ

以上、本日はイスラム教と妊娠、出産についてでした。自分と違うバックグラウンドを持つ方々との触れ合いは、この世界の普段意識してこなかった側面を垣間見ることができて面白いですよね。当院では院長をはじめスタッフ一同患者さんの多様性を最大限尊重できるよう心がけています。必ずしも対応可能なことばかりではないかもしれませんが、文化や宗教だけでなくハンディキャップなども含めて特別なお手伝いが必要な方は是非最寄りのスタッフにご相談ください。

1) A R Gatrad, et al. Arch Dis Child Fetal Neonetal Ed 2001;84:F6-F8

流産手術関連の略語

医療用語に関し、特に私の世代ではドイツ語より英語が主流で教わってきましたが、中には混在して医療従事者間で話されている時があります。今回は流産手術関連の用語の略語について解説していきます。

「アウス」

人工妊娠中絶することを俗語では「堕ろす」と呼んでいますが、

医療現場では「アウス」と呼ぶことが多いです。「アウス」は、ドイツ語で

「掻爬(そうは)」を意味する「Auskratzung(アウスクラッツング), Ausräumung(アウスロイムン(グ))」が由来の和製通俗略語です(*)。kratzenは「引っ掻く」、räumenは「取り除く」という意味の動詞で、Ausは「外へ」を表すので、前者は(子宮内を掻き出すことから)子宮内掻把術、後者は(子宮内容を取り除くことから)子宮内容除去術と訳します。

*Auskratzung、Ausräumungというドイツ語の分離動詞の前綴り部分に相当するところだけで全体の意味が代表されてしまうという、不思議な和製通俗略語です。 ちなみに英語で流産はabotionで人工妊娠中絶は、直訳すればartificial abortionになりますが、英語圏ではTermination of Pregnancy(ToP)などと呼んでいます。

D&C,VA

子宮内容除去術を行う際には頸管拡張(cervical Dilatation)を行うことが多いので、「拡張と掻爬」を英語で「Dilatation and Curettage」と呼び、頭文字をとって「D&C」との略称で呼んでいました。近年は掻爬ではなく、吸引が主流なので「VA(Vacuum Aspiration)」という言葉をよく用います。

KA

人工的に流産させる人工妊娠中絶はKünstlicher Abort(クンストリッシャー・アボルト)なので、略して「KA」と呼んでいます。

実はドイツ語のKは「カー」と発音し、Aは「アー」と発音するので、 KAの正しいドイツ語読みは「カーアー」なのですが、昔から(英語読みで)「ケーエー」と呼ぶ医療従事者もいます。

一方、自然流産のことをドイツ語でSA(Spontanes Abort(シュポンターナス・アボルト)といいますが、「ケーエー」同様に英語の略語読みで「SA(エスエー)」と呼んでいます。ちなみに英語で自然流産はspontaneous abotionで、略語は同じく「SA」となります。

文責 院長

出生後のビタミンKについて

こんにちは、副院長の石田です。

出産を経験したご夫婦以外はあまりご存知ないかもしれませんが、赤ちゃんは産まれてからしばらくはビタミンKの投与を必要とします。入院中は施設のスタッフが投与することも多いと思いますが、もちろん退院、帰宅してからはご両親のおしごとになります。なんとなく赤ちゃんの出血を防ぐためということは知っていても、手間がかかる割には具体的にどういう話なのかはよく分からないという方も多いかもしれないので、本日は出生後のビタミンK投与について少し解説したいと思います。

ビタミンKの役割

ブルーベリーに入っているAやレモンを代表とした酸っぱい食べ物に入っている印象があるC、そのほかサプリでもお馴染みのBやDなどと比べてビタミンKを日常生活で意識することは一部の方を除いてあまりないかもしれません。しかしビタミンKは骨を丈夫に保つ作用があるほか、血液を凝固させるのに重要な役割があることが知られています。怪我などから血管が壊れて出血が始まると、まず血小板という細胞がそこに集まってきて応急的に傷口を塞ぎますが(一次止血)、その後に凝固因子がそこに作用することでフィブリンの網を形成してガッチリと補強し頑丈に止血します(二次止血)。ビタミンKはこの二次止血で必要ないくつかの凝固因子が適切に働くために不可欠な栄養なんですね。

なぜ赤ちゃんはビタミンKが必要なのか

止血に必要なビタミンKは基本的に腸内細菌によって作られますが、生まれたばかりの赤ちゃんは無菌状態であり、善玉菌が定着してこのメカニズムがしっかり働き出すのに時間がかかります。加えてビタミンKは胎盤を通過しにくかったり母乳への分泌もあまりなかったりするのでお母さんからの供給も期待できないんですね 1)2)。そのため生後哺乳できるのを確認してからと退院時、そして3ヶ月までは毎週シロップによる投与が必要になります。ところでビタミンKは多くの先進国で筋肉注射での単回投与が推奨されています。これは経口投与が安価かつ赤ちゃんへの侵襲性が少ない一方で、筋肉注射の方がより高い効果が期待できるというデータがあるためです 3)4)。(この違いに関しては経口投与における服薬忘れや個々の赤ちゃん間での吸収率の差、未知のメカニズムの関与などが推測されています。)ちなみに1992年にある論文においてビタミンKの注射薬による小児がん発症との関係が懸念されたことがあり話題となりましたが 5)、これに関してはその後の追跡調査により否定的な見解が大勢となっています 6)7)。

ビタミンKの効果

いずれにしてもビタミンKが不足すると皮下出血や胃腸からの出血、そして場合によっては頭蓋内出血を起こして命に関わることがあるので補充は必須なのです。実際、時代背景やその時々の医療水準、国際情勢など考慮すべき因子はたくさんあるものの、ビタミンKが投与されていなかった時期と投与され始めた後を比較すると重症出血に関しては約80%の予防効果が得られるというデータがあります 8)。そのほか歴史的に多くの研究がビタミンKが赤ちゃんを守ってくれることを証明しており、今この瞬間にも世界中の赤ちゃんに投与されているというわけです。

まとめ

ということで本日は生後に投与するビタミンKのお話でした。ちなみに母乳にはビタミンKが少ないと言いましたが、実は粉ミルクにはビタミンKがしっかり含まれているので生後1ヶ月の時点で1日の半分以上の授乳を粉ミルクにしている場合はビタミンKの投与を中止しても良いとされています 9)。しかしその一方で、シロップ剤と粉ミルクの重複投与でビタミンK過剰になってしまったと言う報告も無いので混乱してしまうくらいなら規定通り生後3ヶ月まではビタミンKを毎週投与するのがお勧めです。生まれたばかりの赤ちゃんのお世話はやることいっぱいでてんやわんやですが家族みんなで協力して漏れがないように頑張りましょう。

1) Eugene Ng, et al. Paediatr Child Health 2018;23(6):394-397
2) Walter A Mihatsch, et al. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2016 Jul;63(1):123-9
3) Cornelissen M, et al. Eur J Pediatr. 1997;156(2):126-30
4) Lowensteyn YN, et al. Eur J Pediatr. 2019;178(7):1033
5) Golding J, et al. BMJ 1992;305:341-6
6) Von Kries R, et al. Thromb Haemost 1993;69:293-5
7) American Academy of Pediatrics. Pediatrics 2003;112:191-2
8) MJ Sankar, et al. J Perinatol. 2016 May;36 Suppl(1):S29-35
9) 日本産婦人科・新生児血液学会. 産婦人科・新生児領域の血液疾患診療の手引き:131-137