災害時に病院の外で分娩になってしまった時のために

こんにちは、副院長の石田です。

多くの方が医療施設や助産院で分娩されるのが一般的ですが、災害時などの簡単に医療機関にかかれない状況では期せずして院外で分娩になってしまうことがあるかもしれません。ズンズン進んでくる赤ちゃんと、たくさん出てくる血液や羊水の勢いにどうしたらいいか分からなくなることと思いますが、今日はそんな時の対処法をお教えしたいと思います。

やることは3つだけ

あなたや旦那さん、周りの人たちはその瞬間に恐らく大パニックになることでしょう。でも落ち着いて。院外でできることなんて我々医療者でもいくつもありません。加えてお産は大部分が病気ですらありません。これから言う3つのことを冷静に遂行できるようにイメージしておきましょう。

1)呼吸の確保

赤ちゃんは生まれてくると泣くことによって羊水で満たさた潰れた肺を一気に空気で膨らませて呼吸を始めます。お母さんの外に出るとへその緒からの酸素の供給が無くなるのでこれができないと窒息してしまうわけです。ほとんどの赤ちゃんはお母さんから出てくるなり勝手に泣き始めますが、たまにのんびり屋さんの赤ちゃんがいて中々泣いてくれないことがあります。そんな時は優しく背中を撫でたり足の裏をポンポンと叩いてみましょう。それだけでほとんどの赤ちゃんは自分が生まれたことに気付いて大声で泣いてくれます。そうすればまずはひと安心です。

2)保温

赤ちゃんは体温調節機能が未熟です。ビショビショに濡れた状態で出てきたのをそのままにしておくとみるみる体温が奪われていきますが、これは命に関わります。まずは乾いたタオルや、無ければ自分のきている服を脱いで使ってもいいので押し当てるようにして体表の水分を拭き取ってあげましょう。この時に擦りすぎると弱い赤ちゃんの皮膚を壊してしまうので注意が必要です。赤ちゃんを十分に乾かせたら、お母さんの胸をはだけさせてうつ伏せで乗せ、裸と裸でピッタリと抱きしめます。これをカンガルーケアと言いますが、お母さんの人肌で赤ちゃんを適温に温めることができるため非常に有用です。もともとは医療設備の乏しい途上国で赤ちゃんを効果的に温めるために開発された医療技術なんですね。この時のポイントは病院に着くまで赤ちゃんが呼吸をしているかどうか確認し続けることです。

3)へその緒

基本的には2番までできていれば十分ですが、もし余裕があれば思い切ってガーゼなどの薄い布を使ってへその緒を縛ってみてください。ぎゅっと締めて大丈夫です。赤ちゃんは痛くありません。うまくキツくできなくても大丈夫です。へその緒は意外と太いこともあるので縛るのは難しいもんです。縛る場所はどこでもいいですが、あえて言うなら真ん中あたりでやっときましょう。

その後

ここまでできていればあなたは十分役目を果たしたと言えます。落ち着いて医療機関にお母さんと赤ちゃんを連れてきていただくか、周囲に助けを求めて医療者を探してきてもらいましょう。赤ちゃんに続いて胎盤が出てきた後に出血するかもしれませんが驚かないで大丈夫です。ほとんどの場合、その出血は勝手に止まります。もし出血がジャバジャバと出続ける時には試しに臍の下あたりを手の平でグリグリと撫でてみてください。恐らくコリコリの硬い子宮が触れるようになり、それとともに出血も治まってきます。逆にそれでも治らない場合は専門的な介入が必要になってきます。

まとめ

というわけでいかがだったでしょうか?意外と簡単じゃないですか?もちろんそうならないで済むのが一番ですが、日本は災害の国なので時としてそういった場面に出くわすかもしれません。でも、元来お産はほとんどの場合何も手を加えなくても自然に進行し、無事に終了します。万が一の時には上記を思い出しながら落ち着いて対応してみましょう。もちろん可能であれば災害時でもできるだけ病院で出産しましょう。

※上記は飽くまで院外でできる処置を簡潔にまとめたものであり、赤ちゃんやお母さんの健康を保証するものではありません。

赤ちゃんの進み方①、エンゲージメントを知る

『経験だけに頼らず、エビデンスをベースとした診療』を実行すべく、にしじまクリニックではエビデンスをベースとした当院の診療マニュアルを各スタッフと共有し、知見や技術に偏りのない医療をどのスタッフからも提供できるように心がけています。

近日アップデートするマニュアルの一部から、本日のブログの内容を決めました。それは『赤ちゃんの進み方』です。本日を含め3回にわたって私院長がこの内容をブログにポストします。テクニカルな単語も多いので少し難しい内容ですが、このブログは当院の妊婦さんや患者様、当院スタッフのみならず他の医療関係者も見ているので是非ともお付き合いください。

赤ちゃんの進み方①、本日は

「エンゲージメント (Engagement)を知る」

です。

『Engagement』、日本での産科用語として『嵌入(かんにゅう』と呼ばれ、赤ちゃんの骨盤内へ進んだ位置の状態を表すために使われる用語の一つです。

『Engagement』もしくは『嵌入』とは坐骨棘(ざこつきょく)の高さに児頭先進部、いわゆる赤ちゃんの頭の先がある位置を表すのです。

『坐骨棘(英語ではischial spine)』と言葉が出てきました。これは骨盤を構成する左右の坐骨の内側に窪みがある部分をさします。この場所から仙骨に向かって仙棘靭帯が走り、坐骨と仙骨内を支えています。

「赤ちゃんの頭がだんだん骨盤内へ進んでいる・降りてきている」判断の一つに”DeLeeのstation”という内診による評価があり、赤ちゃんの頭の先の位置を高さ別に「−5〜+5」と表記します。

エンゲージメント(Engagement)のstationはちょうど”0″となります。まとめますと、

エンゲージメントは嵌入と同じ意味で児頭先進部が坐骨棘レベル=station 0

となります。

教科書には「嵌入(Engagement)を確認するために坐骨棘を触知する」とよく書いてあリますが、今日実際の診察・内診で意識している助産師および産科医師はどれほどいるでしょうか?実はこの坐骨棘、分かりづらいのです。でも分かりづらいから適当にstation、特にstation 0の位置を把握するのではなく、解剖学的に坐骨棘がどこなのかを知っておくべ必要があります。もしわからなかったとしても、坐骨棘の触知以外にEngagementを知る方法を知っておかなければなりません。

まずは解剖学的説明から、

添付した図にⅠ P〜Ⅳ Pと平行に4つの線があります。

恥骨上縁から1番上の仙骨上縁を結んだ線がⅠ P

その下縁同士をパラレル(Parallel)に結んだ線がⅡ P

尾骨ラインがⅣ P、そして

Ⅱ PとⅣ Pの間がⅢ Pとなり、この線上にischial spine(坐骨棘)があるのです。

坐骨棘は左右あり、間は約10cmです。

左右坐骨棘同士を線で結び、さらには恥骨を頂点とし坐骨棘へと結ぶ(青色線です)と、三角形ができます。

空間で考えると、診察・内診時の正面像では三角形の坐骨棘同士の線が仙骨側へ倒れるイメージとなります。これをイメージして内診時に坐骨棘を探します。

もし坐骨棘が内診でわからない、正確なstation 0がわからないのでEngagementかどうかわからない、そのような場合は

上の図のように、内診時に指を進めていき

腟の奥のスペースがなく、児頭先進部が指の上で触れていればEngagementです(Engaged)。実際その側には坐骨棘もあるはずなのです。

どうでしょうか。ちょっと難しい内容ですが、医療従事者はこれらを把握できてこそ、次回ポストする児頭の回旋(かいせん)の仕方と児頭骨盤内進入の総合評価、ひいては吸引分娩や鉗子分娩の適応が見えてくるのです。

妊娠中のペットとの関わりについて

こんにちは、副院長の石田です。

外来でよく聞かれる質問シリーズの一つとして、ペットに関するものがあります。自分で飼っていなくても里帰り先の実家で飼っているパターンなんかもあり、それらのペットと妊娠中や出産後を通じてどのように距離を取るべきかというのは難しい問題ですよね。ペットフード協会の全国犬猫飼育実態調査(平成30年)によると全国の犬の飼育頭数は推計で約890万頭、猫は約965万頭であり、この2種類に限っても日本にはたくさんのペットがいることが分かります 1)。というわけで本日は妊娠とペットについて書いていきたいと思います。

「妊娠」「ペット」でネット検索すると何をおいても出てくるのが猫の情報です。猫はトキソプラズマという寄生虫の宿主として有名です。トキソプラズマは猫の糞に排泄されるため、猫のトイレを掃除したり、猫の糞が付着した土を触ったりすると人間に感染する恐れがあります。妊娠中にトキソプラズマに感染すると胎盤を介して赤ちゃんにも感染し、脳や目、肝臓などに障害を起こす可能性があることが知られています。妊娠初期の胎児感染で重症化しやすい反面で妊娠後期の方が胎児感染の確率自体は上昇することも知られており、妊娠期間を通して注意が必要です。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)でも妊娠中の猫との接触は気をつけるようにと勧告しています 2)。

ハムスター、ネズミ

意外と知られていないのがハムスターなどの危険性です。齧歯類の動物はリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(Lymphocytic choriomeningitis virus: LCMV)を保有していることがあります。このウイルスがネズミの糞尿や唾液などを介して子供や成人で感染すると軽い髄膜炎を起こすことが知られていますが、万が一妊娠中に感染してしまうと胎児の小頭症や脳室周囲の石灰化、視力障害などを引き起こすことが知られています。先天性のLCMV感染症の場合、生後21ヶ月までの死亡率は35%になるというデータもあり、これらの動物を飼っている場合には妊娠中は極力接触を避けた方が良いとされています 2)3)4)。

その他に気をつけること

ペットにされる動物は様々で、爬虫類や鳥類、魚類、大型動物なんかがそれぞれに媒介する感染症を言い出すとキリがありませんが、そもそもの衛生状況への配慮はもちろん動物のメンタルコンディションも気にかけてあげることが重要なようです。新しい家族が増えることでペットもストレスを感じることがあるらしく、それまで温厚だった動物でも赤ちゃんを襲ってしまう可能性もゼロではないため赤ちゃんとペットが部屋に2人きりみたいにならないように気をつけましょう。

まとめ

ペットは大事な家族の一員ということで妊娠したせいで距離を取ることになるのは抵抗があるかもしれませんが、動物を飼う時にはお互いのためにも妊娠した時にどのようなリスクが発生するかを事前に想定しておくようにしましょう。

1) https://petfood.or.jp/data/chart2018/3.pdf

2) CDC: https://www.cdc.gov/healthypets/health-benefits/index.html

3) Wright R, et al. Pediatrics 1997; 100: 1-6

4) Daniel JB. Semin Pediatr Neurologic. 2012 Sep; 19(3): 89-95

サービング(SV)ともう一つのNST

赤ちゃんのために妊娠初期から「何を食べてよいか、どの位食べてよいのか」疑問を持たれる事と思います。そこで当院では『Nutrition Book』を差し上げています。

『Nutrition Book』の中に『妊産婦のための食事バランスガイド』が載っています。これは”コマ”に描かれている料理のイラストと早見表を目安に、料理を「1つ」「2つ」…と『〜』というサービング(SV)単位で数えていきます。
料理を『主食』・『副菜』・『主菜』・『牛乳・乳製品』・『果物』と5つのグループ分けをし、各料理ごとに『サービング(SV)』の量が決められています。バランスガイドにはトータル一日に摂る目安の量が示されており、例えば、

主食は5〜7つ(SV)/日、妊娠末期は+1つ(SV)増やす

といった具合です。

『サービング(SV)早見表』をご覧になることで、ほとんどの料理を『サービング(SV)』として換算することができます。

*サービング(SV)早見表 https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/zissen_navi/balance/chart.html

にしじまクリニックは前々からお話しさせて頂いているとおり『エビデンス基づいた医療とサービスを提供する』、これをモットーに私院長は当院の運営および診療に携わっています。

これを食事栄養のアドバイス・指導面でも実践したく、副院長石田がリーダーとなって当院のNST(Nutrition Support Team)を立ち上げてもらいました。ディスカッションのもと、行き着いたのがこの『サービング(SV)』なのです。

このSVを利用することで、スタッフの皆さまへのアドバイスの『偏り』が以前よりグッと減らすことができそうです。

皆さまには3日分のSVを記入してもらい、26週の健診で助産師が評価し、アドバイスをさせていただいています。ご質問などあれば是非とも医療スタッフへお声かけください。

私は英会話でよく”rasing awareness”というフレーズを用います。単に体重計にのるだけではなく、食事の内容を記入し状況を把握することでマタニティーライフ中のご自身の必要な食生活が見えてきます。実際の食事による結果に『誤り』はありません。SVの記入は初めは慣れないかもしれませんが、記入とアドバイスにより”意識付け”が生まれ、皆さまご自身が『栄養知識』の価値を感じていただけると思いますし、ひいては『安産』のpositive factorの一つになると私院長は信じております。

早食いは妊娠糖尿病のもと

『早食いは妊娠糖尿病につながる』。

この度 Dongらが以下タイトルの論文を発表しました。

Self-Reported Eating Speed and Incidence of Gestational Diabetes Mellitus: the Japan Environment and Children’s Study.

2011年1月から2014年3月まで調査した97454人の日本の妊婦さんで、単胎妊娠を対象とし、既にGDM(Gestational Diabetes Mellitus:妊娠糖尿病)の診断、また心疾患やがん合併の方らを外した84811人の妊婦さんの検討となっています。その妊婦さん達が食事時間などを質問票に記入し、それらのデータと結果を追跡し、解析したものとなります。

なお追跡期間中に1902例(全体の2%)が診察にてGDMと判断されています。

食事時間・スピードの対象群分けとしては、

・ゆっくり食べる: Slow

・中等度のスピードで食べる: Medium

・やや速く食べる: Relatively Fast

・速く食べる: Very Fsat

と妊婦さんを4つの群に分けています。

食事時間・スピードが「ゆっくり食べる: Slow」群を基準として、「速く食べる: Very Fast」群の妊娠糖尿病の発症リスクを年齢を調整した上で比較する(Model 1)と、オッズ比1.28(95%信頼区間1.05~1.58)と有意な結果が認められました。

ちなみにオッズ比とはある疾患などへのなりやすさを2つの群で比較して示す尺度です。オッズ比1とは疾患へのなりやすさが両群で同じということになり、オッズ比が1より大きいことは疾患へなりやすさが基準群より高いことを意味します。上の表から「Very Fast」群は他の群と比較して数が大きいのがお分かりいただけるでしょうか。

なお気になる生活習慣(喫煙や飲酒など)や特有な関連リスク(巨大児分娩既往など)がある場合(Model 2)、さらには食事内容を考慮し調整した場合(Model 3)でも「Very Fast」群はオッズ比の上昇が認められます。

これらを踏まえた解析結果として明らかなBMI高値の妊婦さんは、GDMリスクとして食事スピードが64%の理由を占めることがわかりました。

まとめますと、

『早食いの妊婦さんはGDMの危険性がある。これはBMI高値と大きく関連があるかもしれない。』

(*BMIについては以前の副院長のブログを参照してください

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2019/11/13/妊娠中の体重管理/

とこの論文は述べているのです。