幅広い視野でみる

先日ショッキングなニュースがまいこんで来ました。

https://www.msf.or.jp/news/detail/pressrelease/afg20200514nt.html?yclid=YJAD.1589497917.mjsZ5Fydcq2mIH0e8O4TBhGacQ8HbAYXT_ANPAdTO6zbwi9Wsdf9GIzheAlzxYCuQ_fJXfKIiu9axiY-

アフガニスタンの、国境なき医師団が運営に関わる病院が襲撃をうけたのです。

この病院、産婦人科なんです。赤ちゃんや母親にも被害があったようで、本当にいたたまれない気持ちになりました。

私院長は国境なき医師団に参加した経験があります。この経験は間違いなく刺激と現在の糧となり、どんな状況でも『考え抜く・考え続ける』大切さを学びました。

私はアフリカで主に産科救急に関わる医療提供を行いました。「アフリカ」と聞くと、一見何も物資もなく、医療レベルが低そうとお考えでしょう。

実際は違います。衛生環境は日本と比べものになりませんが、皆自信とエネルギッシュでモチベーションがあり登録されたメンバーで構成された国境なき医師団です。アフリカであろうが運営に関わる病院では欧米でのスタンダードな医療を垣間みることができます。例えば美容面でも帝王切開での皮膚縫合時はステープラー(医療ホッチキス)を用いずに吸収糸での埋没縫合を行っていました。帰国後、当院でも早速採用しました。

ただ、国境なき医師団で世界をみることが「幅広い視野」とは限りません。私は昨年から院長の職を引継ぎました。医業という面からもいろいろ学ばせていただき、それは皆様やスタッフとおかれた立場や状況をより理解しようと思うようになりました。

私は常に5年先の未来を見据えながら行動しています。また副院長石田もアメリカの医師資格のアップデートなどを今後行う予定など、お互いモチベーションと「幅広い視野でみれる」のが当院での医療提供の強みにつながってくると思います。

妊婦さんや患者様にとっては、アドバイスによっては少し厳しく感じる事もあるかもしれません。ただし、根底にあるのは病態などの症状を悪化させないためで、ただ単にエクスペリエンスのアドバイスではなく、世界をみたスタンダードな知見を交えている事もご理解いただければと思います。もちろん、改善してほしい点ございましたらお申し出ください。

逆に、医療介入が少なかったと感じられた場合、それは異常がみられなかったり皆様が当院での診療に理解され、しっかり指導などを守られて経過を辿ってらっしゃる証拠かもしれません。

にしじまクリニックでこれからも安心安全な医療とサービスを提供します。それを支えるのは常々言わせていただいている「エビデンス」とアップデートされた医療、そして私たちスタッフの情熱です。にしじまクリニックが、当該地域での、皆様の「価値」となるよう努力し続けます。

アフリカで診療を行っていた時、現地スタッフから「ここは患者にとってパラダイスなんだよ」と言われました。紛争地域の中、安心安全な医療が提供されるからです。『Paradise』を英英事典で改めて調べると『place of perfect happiness』とかかれてありました。地域の違いはあれど、目指している根幹に変わりはありません。

妊娠中の運動

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠中の運動をどうしようかなと悩んでいる妊婦さんは多いです。以前他院で働いていた時はボディビルダーの妊婦さんを担当したことがありましたが、「何kgまでなら上げてもいいですか?」と聞かれて困ったことがありました。実際何kgまでなんだろう…?さて、ウォーキングやゴルフ、マタニティスイミングなど日常から外来では様々な運動について聞かれることが多いですが、そもそも妊娠中の運動ってどうなんでしょうか。ということを本日は書いていこうと思います。

妊娠中は運動した方がよいのか

運動は原則的に妊娠中でもした方がよいです。妊娠中の運動は母児の健康に対してほとんどリスクが無いだけでなく、肥満を予防し、心肺機能を強化することで妊娠高血圧症、妊娠糖尿病、肺塞栓症など様々なリスクを回避できると言われています 1)2)3)。その他に産後うつの発症率なんかも下げるらしく、むしろ妊娠中に運動しない理由がありません。実際多くの国のガイドラインで産前に運動習慣があった人は引き続き運動するように、これまで運動してこなかった人にはこれを機会に運動するよう助言しましょうということになっています。

どんな運動をした方がよいのか

ウォーキングや水泳、ゆったりとしたエアロビクスやピラティスなどはすべての妊婦さんにお勧めされます。また、ランニングやジョギング、ラケットスポーツなどは経験者に関しては安全性が高いと言われています。ヨガなんかもよく聞かれますが、静脈還流を減らしてしまうようなポーズさえ避けていただければ基本的に安全です。逆に避けた方がよいとされているのはサッカーやバスケ、格闘技などのコンタクトスポーツ、転倒・転落の恐れがあるスキー、サーフィン、乗馬など、その他スキューバやスカイダイビングなんかも避けた方がよいとされています。また、ヨガやピラティスはいいんですけどホットヨガやホットピラティスは避けましょう。これは妊婦さん(特に妊娠初期)が熱ストレスへの耐性が落ちていると考えられているからです 4)。

運動しない方がよい人

色々とメリットの大きい妊娠中の運動ですが、もちろん医学的な理由により運動してはいけない人たちもいます。まず絶対に運動してはいけないのが心肺機能に問題があるような病気を持っている方、切迫早産の方や頸管縫縮術を行なった方、性器出血が見られる場合、妊娠26週以降の前置胎盤の患者さんなどです。また、貧血がある、太り過ぎ、あるいはやせ過ぎ、赤ちゃんの成長がイマイチの時、ヘビースモーカーなどの方々は絶対ダメじゃないけどお勧めはしませんというカテゴリーになっています 1)。

運動する時の注意点

とにかく脱水には気をつけましょう。また、フィットネスウェアは締め付け過ぎないものを選ぶこともとても大切です。めまい、嘔気、しびれ、性器出血、子宮の張り、胎動減少などは妊娠に悪影響が出ている信号かもしれません。すぐに運動を中止してかかりつけの産婦人科に相談するようにしてください。

まとめ

妊娠中に限らずですが、運動は体だけでなく精神面にも素晴らしい効果がたくさんあります。無理をしないように妊娠前より運動強度を落としたりして調整しながら健康的なマタニティライフをお過ごしください。また、妊娠中は必ず体重が増えるものですので妊娠前の意識で無理な食事制限などはしないようにしてくださいね。

1) ACOG Committee opinion. Number 650, Dec 2015

2) Mottola MF, et al. J Obstet Gynecol Can. 2018 Nov; 40(11): 1528-1537

3) Davenport MH, et al. Br J Sports Med. 2018 Nov; 52(21): 1367-1375

4) Wing, et al. ACSM’s Health & Fitness Journal: Mar/Apr 2016; 20(2): 4-6

当院での胎児心スクリーニングについて

にしじまクリニックでは20週台と30週台の2回にわたって胎児心(臓)スクリーニングを行います。私院長と副院長石田が交互にスクリーニングを行い、診断精度を上げています。

妊娠20週健康診査(健診):日本胎児心臓病学会が定める胎児心スクリーニングのレベルⅠ〜Ⅱに相当したチェックとその他胎児臓器のチェック行います。当院では超音波外来として設定しております。

胎児の位置などの影響で全てのチェック項目を見きれなかった場合は、次回の妊娠24週の健診で見直します。

24週健診の終えた後、全症例に対し電子カルテへ取り込んだ画像の再チェックを行います。チェック項目に対し、画像が不鮮明の場合は妊娠26週の助産師外来で、GCT採血の合間に再度医師が胎児心エコーを見させてもらいます。

妊娠30週健康診査(健診):胎児心スクリーニングレベルⅡ相当の見直しを行います。週数が経つことで心臓も大きくなり、心臓の壁に小さな穴が見つかる場合もあるためです。

妊娠20週健診の超音波外来同様に見きれなかった場合は、次回の妊娠32週の健診で見直します。

以下、当院のスクリーニング用紙を添付しておきます。

胎児に心臓の異常が見つかったり、もしくは気になる所見があれば埼玉医科大学総合医療センターや県立小児医療センターの超音波外来を紹介させていただきます。

参考)

日本胎児心臓病学会 https://www.jsfc.jp/index.html

ガイドラインに基づく胎児心エコーテキスト

今回のコロナウイルスと100年前のインフルエンザのパンデミックがよく似ている

こんにちは、副院長の石田です。

コロナウイルス、そろそろ暖かくなってきたしいい加減に消えてくれないかなと思いながら過ごしていますが皆さんはお元気でしょうか。ウイルスによる直接的な健康被害はもちろんですが、経済も大打撃を受けており心配です。国際通貨基金(IMF)が厳しい経済見通しを発表しましたが、リーマンショックの時にはほとんどサブプライムローンを保有せず、加えて迅速に利下げなどで対応していち早く危機を乗り切った中国が世界経済を牽引したのに対して今回は全世界的に被害を受けており、見通しが全く立ちません。

さて、人類はこれまでに何度も感染症のパンデミックを経験しています。古くは2400年前にペロポネソス戦争中のアテネで謎の疫病(天然痘説が有力らしいです)が大流行し、多くの犠牲者が出ました。その後も発疹チフスやペストなどの流行を経て、100年前にはインフルエンザのパンデミックを経験しています。この大流行はインフルエンザとしては史上最大のものとなりましたが、その時のことが今のコロナウイルスとそっくりだと思ったので今回はそのよもやま話です。

どんな流行だったか

1918年3月頃から1920年まで全世界で大流行し、当時の世界人口の1/3以上が感染、数千万人が死亡しました。この時の致死率が2.5%とされています。スペイン風邪としても有名ですが、実はどこで最初に出現したのかは分かっていません。当時は第一次世界大戦の最中で、どの国も情報統制が敷かれていた中、参戦していなかったスペインでの流行が報道されたためにスペイン風邪と呼ばれましたが、実際の流行が確認されたのはアメリカが最初のようです。もともと季節性のインフルエンザ自体はあったのですが、この年は流行期を過ぎても患者が出続けたためにいつもと違うことにみんなが気付き始めます。しかしその頃には戦争の影響もあって世界的な人の往来があったことから急激に世界中に広がっていきました。流行の第1波は1918年3月頃から6月まで続きましたが、夏頃になると自然に収束します。この際は感染率は高かったものの、致死率はそれほどでもなかったようでした。しかし同年9月頃より始まった第2波では肺炎などを起こして重症化する人が続出し、大量の死亡者が出たということです。この流行は翌年3月以降の第3波まで続きますが、人類の大部分が感染と共に免疫を獲得することで自然と流行は収束していったようです。この間、兵員輸送船であるリヴァイアサン号の中で大量の感染者が発生、労働者の大量欠勤によりモノの生産能力が大幅に低下、収入減による消費の冷え込み、病院への患者の殺到に加えて医療者が感染することでの医療崩壊、その他各種インフラに携わる労働力が低下したことにより社会機能が麻痺していくなど「え?それって今年の話してる?」的な共通点が多く見られます。ちなみにこの時も感染拡大を防ぐために日本を含めて世界で不要不急の外出を控えるよう通達が出たり、実際に学校や娯楽施設の閉鎖命令も出ていたようです。ちなみに現在のコロナウイルスは高齢者に重症例が偏っているのに対して、100年前のインフルエンザは圧倒的に若者が重症化していました。65歳未満の死亡率は65歳以上と比べて6倍にもなったそうです。

感染症と差別

さて、感染症には直接的な健康被害以外にも経済をはじめ多様な悪影響が懸念されますが、その中でも大きな問題の一つが差別です。人類の歴史上、感染症に対する防疫を建前に差別が正当化されたことが多くありました。古くはペストに対する魔女狩りやハンセン病患者の強制収容、近年ではエイズ患者に対する偏見など枚挙にいとまがありませんが、残念なことにこれだけ情報アクセスが容易になった現代にあってもコロナウイルスに端を発したアジア人差別や患者さん本人に向けられる偏見などがあるようです。ウイルスのような目に見えないものに対する恐怖が一種のパニックのように広がっていくのでしょうが、そういった差別は受けた側はもちろんのこと、行った側にもよい結果にならないことは歴史が証明しています。日本でも今回の流行初期には特定の国に対するネガティブな発言が散見されましたが、この危機を乗り切れるよう世界中で協力していきたいものです。

まとめ

というわけで今回はただの雑談でした。歴史は繰り返すということでまだまだ予断を許さない状況ではありますが、その一方で必ず乗り切れるとも確信しています。にしじまクリニックとしては、こんな状況であっても赤ちゃんたちが無事に産まれてこられるように、また健康にご不安のある女性のご相談にしっかりとのっていけるように体制を整えてまいります。そのため患者である皆様にも面会や付き添いをはじめお願いさせていただくこともあるかとは存じますが、ご協力いただければ幸いです。

COVID-19 まとめ⑤:妊娠、出産、授乳への影響

こんにちは、副院長の石田です。

今回はコロナウイルスと妊娠、出産、授乳についてまとめてみたいと思います。

妊娠、出産とコロナウイルス

原因は不明ですが、妊婦さんはインフルエンザにかかると重症化しやすいことが知られており、コロナウイルス感染症でも同様のことが起こり得ると警戒されています 1)2)。しかし現在のところ妊娠、出産自体がCOVID-19の経過を悪化させるというデータは無く、事実ほとんどの感染した妊婦さんは問題無く軽快していることが知られています 3)。また、コロナウイルスに感染した妊婦さんから産まれた赤ちゃんを検査しても、臍帯血を含めてコロナウイルスは検出されておらず、子宮内感染を起こす可能性は極めて低いと考えられています 4)。ただ、新型のウイルスであることから集積されたデータが量に乏しく確定的なことが言えないこと、上記の通りウイルスによっては妊婦で重症化しやすいことが分かっていることなどから厚生労働省、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)、英国王立産婦人科医協会(RCOG)などたくさんの組織が妊娠中は特に感染に気をつける必要があると注意喚起しています 5)6)7)。分娩様式はCOVID-19に感染したからといって、必ずしも帝王切開にする必要はありません 8)。ただ、重症化した場合には母体保護の観点から帝王切開となりますが、これは他の感染症でも同じです。また日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本産婦人科感染症学会が連名で作成された指針によると、コロナウイルス感染者の経腟分娩を管理するのが難しい施設では原則帝王切開とすることもやむを得ないとされています 9)。ちなみに当院ではこの記事を書いた時点では、明らかな産科的適応がない限りはCOVID-19を疑っただけで帝王切開はしない方針です。(COVID-19の診断が確定した患者様は感染症予防法により指定された高次施設でないと分娩できない可能性があります。)

授乳とコロナウイルス

中国から出されたレポートによると、調査対象は6例と少ないですが感染者の母乳からはコロナウイルスは検出されなかったということでした 10)。それに加えて母乳には栄養だけでなく、赤ちゃんの体を様々な感染症から守るための免疫成分も豊富に含まれているため母乳は止めるべきではないと考えられています。ただ、母親から赤ちゃんへの飛沫・接触感染は起こるので、日本小児科学会では感染者からの直接授乳は避け、搾乳後に健康な保護者(例えば元気なお父さんとか)から哺乳瓶を介した授乳をするべきとしています 11)。これに対してユニセフやCDCでは同様の推奨はしつつも、直接授乳のメリットを包括的に検討した上でマスクの着用と手洗いその他の感染防御は必要とした上で直接授乳をしても良いとしています 6)12)。

まとめ

少し難しいお話となりましたが、上記をまとめると以下のようになります。

1)妊婦さんは、理論的にはCOVID-19が重症化する可能性があるが、実際のデータを見ると普通の人と変わらない。
2)子宮内感染(胎児への感染)が起こる確率はとても低いが、妊娠初期に感染した妊婦さんがまだ出産していないのでこれからのデータに注目。
3)経腟分娩は可能だが、施設次第では管理上の問題で帝王切開になる可能性がある。
4)母乳のせいでウイルスが赤ちゃんにうつる可能性はとても低い。
5)日本では哺乳瓶での授乳が勧められているが、海外では感染に注意しながらの直接授乳もOKということになっている。

というわけでCOVID-19に関する現時点での情報をシリーズでまとめてみました。日々の外来でも多くの方が心配されているのを感じますが、皆様の理解の一助になれば幸いです。状況は刻々と変わっていますので、にしじまクリニックとしても日々最新の情報を皆さんと共有できるように院長以下、スタッフ一同努力してまいります。

1) Meijer WJ, et al. Acts Obstet Gynecol Scand. 2015 Aug;94(8):797-819.

2) Pravda N, et al. J Infect Dis. 2019;219(12):1893

3) Liu D, et al. AJR Am J Roentgenol. 1-6, 2020 Mar 18.

4) Schwartz DA. Arch Pathol Lab Med. 2020 MAr 17

5) 厚生労働省: 妊婦の方々などに向けた新型コロナウイルス感染症対策をとりまとめました

6) CDC: Coronavirus Disease 2019, Pregnancy & Breastfeeding

7) RCOG: Coronavirus infection and pregnancy

8) WHO: Clinical management of severe acute respiratory infection (SARI) when COVID-19 disease is suspected.

9) 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応(第三版)

10) Chen H, et al. Lancet. 2020;395(10226):809.

11) 日本小児科学会:新型コロナウイルス感染症に関するQ&A

12) UNICEF: Coronavirus disease (COVID-19): What parents should know, How to protect yourself and your children