遷延分娩

本日は『遷延分娩』についてお話させてもらいます。

まず、「子宮口が全開大」とは「子宮口が10cm」のことをさします。そこから分娩第2期、いよいよ赤ちゃんが出てくる過程となりますが、すぐに児が娩出するわけではありません。子宮口全開大でも多くの場合は第2回旋は終了していないのです。

第2回旋が終了(矢状縫合が縦の位置)し、恥骨の下をくぐり抜けるように第3回旋(第1回旋の反屈)が行われて赤ちゃんの頭が出てきます。

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2020/09/07/赤ちゃんの進み方②、回旋(かいせん)を知る/

(↑ 『回旋』についてのブログはこちら

では遷延分娩について。

遷延分娩とは「分娩第1期活動期または分娩第2期が異常に長く経過している状態」をいいます。

分娩第2期における遷延分娩の基準は、

初産婦は2時間以上

経産婦は1時間以上

分娩が停滞することを日本産科婦人科学会では定義・基準としています。

近年、ACOG(the American College of Obstetrics and Gynecologists)は分娩第2期遷延を

初産婦は3時間以上

経産婦は2時間以上

分娩が停滞することとし、産科救急のトレーニングを提供するALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)はこの新基準を採用しています。CTG所見が問題なければ、また母体の状態が許せば早い医療介入を行うより自然経腟分娩率が増える可能性があることはご想像いただけるでしょうか。

不要な医療介入、特に帝王切開を避けるため、CTG所見などに問題がなければ、分娩第2期に怒責を行い始めるタイミングや積極的な医療介入は、最近では上記の新基準に沿って今までより1時間遅くすることも考慮されています。

分娩第2期の遷延分娩の原因としては

・Dynamic dystocia:微弱陣痛(hypotonic uterine dysfunction, weak pain)

・分娩第2期における母体疲労などからの怒責不十分

・回旋異常

・CPD(CephaloPelvic Disproportion):児頭骨盤不均衡

が挙げられます。

初産婦さんで子宮口が全開大後も2または3時間経過しても分娩に至らない場合は医療介入が必要となります。

分娩第2期の遷延分娩に対する医療介入 *転載禁止

医療介入のフローチャートとしては上の図のようになります。詳細はまた後日のブログに譲りますが、いずれにせよ児頭下降と回旋の正確な評価は大事です。次回私院長のブログでは児頭下降評価の一つである、エコーによる”Progression angle”についてお話しさせてもらいます。

コロナワクチン接種が不安な方へ(6月7日時点)

私達医療従事者のみならず、いよいよ一般の方々も新型コロナワクチン接種の機会が迫ってきています。そこで本日以下の内容を記載することにしました。

にしじまクリニックに来院される方で、コロナワクチンの接種に対して質問があるのは

・妊婦さん

・ピル内服中

の方々が大半を占めます。

まず妊婦さんのコロナワクチン接種についてです。厚生労働省のホームページでは、「感染リスクの高い妊婦は積極的に接種を推奨する」と明記されています。

・感染者が多い地域に在住

・医療従事者、保健介護従事者

・重症化リスク(肥満、糖尿病など)がある

方々が適応とされています。

また私院長は、感染リスクという観点から上記のみならずエッセンシャルワーカーや里帰り分娩予定の方々も接種が望ましいと考えています。

以下、厚生労働省のホームページをリンクさせておきます(よくまとまっていると思います)。

https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0027.html

ただし、器官形成期である妊娠12週までは念のためコロナワクチンの接種時期をずらした方がよろしいかと思います。

続いて、低容量ピルを内服している方で血栓症が心配、という訴えも多く聞かれます。

今一度お考えいただければ思いますが、低容量ピル内服中の血栓症のリスクより、妊娠に契機とした血栓症のリスクがずっと高いのです。

先ほど申し上げたとおり厚生労働省、日本産科婦人科学会、日本感染症学会らが「妊婦のワクチン接種は可能」としている時点で、婦人科におけるピル内服中の方らも現時点ではワクチン接種は問題ないと考えます。

静脈血栓塞栓症(VTE: Venous ThromboEmbolism)の発症頻度はACOG(American College of Obstetricians and Gynecologists)によれば

妊婦は5〜20/10000婦人/年間

であります。一方低容量ピル使用者の静脈血栓塞栓症の発症頻度は3〜9/10000婦人/年間程度なのです1)。

また私の雑感ですが、ピル大国の欧米で、ピル内服中の方らがわざわざ内服を中止して新型コロナワクチンを接種しているとは考えにくいです。

ただし、コロナワクチン接種の際には問診表にピルの内服をしていることを記載し、問診でも必ず申告するようお願いします。

以上となりますが、それでもコロナワクチン接種を打ってもよいのか心配、というお問い合わせが今後予想されます。申し訳ありませんが、当院では電話でのご相談は安全上の観点からお断りします。当院ではHPVワクチンも含め、ご相談を対面で行っております。お手数ですが外来を予約していただくか、またはオンライン診療を予約していただき、個別対応させていただきます。

参考文献

1) CQ501. OC・LEPガイドライン

今年も子宮頸がん検診が始まります。

こんにちは、副院長の石田です。

今年も当院では6月から市の助成事業による子宮頸がん検診が始まります。毎年たくさんの方に受けていただいておりますが、その一方で検診のメリットがいまいちよく分からない上に、日常の忙しさや病院に行く手間などからついつい行かないままになってしまっている方もたくさんいらっしゃると思います。そこで本日は子宮頸がん検診についてのお話をしたいと思います。

どんな検査なのか

子宮がんは発生する部位によって頸がんと体がんに分けられます。体がんが子宮内を裏打ちする膜から発生するのに対して、頸がんは子宮の出口付近にある細胞が主にウイルス感染を原因として癌化することによって発生します。子宮頸がん検診は腟に器械を入れて子宮の出口を確認し、そこをブラシなどで擦って取ってきた細胞の形を見ることで悪性腫瘍を早期発見する検査です。腟からの操作が必要な点が女性にとっては懸念となるかもしれませんがそれ自体は1~2分で終わるので針を刺す採血や器械を飲み込む胃カメラなどと比べても負担がとても少ないです。

実は早期発見による利益が期待できるがんは多くない

「がんは早期発見、早期治療が鍵です」というのが正しい一方で、それ自体は言うほど簡単なことではありません。悪性腫瘍は細かく分類していくと数え切れないほどの種類がありますが、実は定期的な検査による早期発見が健康上の利益に繋がるがんは少ないんです。言い換えると、「効率的に早期発見することが難しい」「早期発見してもあまり意味がない」といったがんが多いということです。これにはいくつか理由があるのですが、代表的なものとしては以下が挙げられます。
1)検査の問題:病気を早期発見するには高感度の検査が必須になりますが、多くのがんにおいては効果的な検査が存在しません。また、仮に高精度の検査があったとしてもそれ自体による患者さんへの負担が大き過ぎて定期的に実施することが不可能な場合もあります。(例えば内臓のがんを探すために定期的に全身麻酔下にお腹を切開して直視で確認したり、侵襲が少なくても1回100万円する検査を毎年行うのは不可能です。)
2)がんの悪性度の問題:せっかく早期発見しても悪性度が高すぎてステージに関わらず治療が困難だったり、逆にがんではあるけど進行が遅いので診断に時間がかかっても十分治療できるなど、早期発見が患者さんの寿命を左右しない場合もあります。

そんな中で大腸癌、乳がん、子宮頸がん(+条件つきで肺がんと前立腺がんも。胃がんは意見が分かれているそうです。)は実施可能な形での定期検診で早期発見が可能で、かつそれにより治癒や延命が期待できる珍しい種類なのです 1)2)。

子宮頸がん検診を受けることのメリット

検診が広く国民に普及することで子宮頸がんによる死亡率などを下げられることが多数の研究で証明されています 3)4)5)6)。子宮頸がんはその性質上、正常な細胞が癌化するまでの間に時間をかけていくつものステップを踏むことが知られており、その間に検診で見つけることによって進行を防げるんですね。子宮頸がんが進行すると子宮や卵巣に加えて周りの靭帯なども手術で大きく取ってこないといけなくなりますが、前段階で捕まえられれば子宮の出口を軽く切り取ってくるだけで治療が終了することもあります。30〜40代に増えているがんなので妊娠のことを考えても子宮を取らずに済むのがいかに大切かはお分かりいただけると思います。

まとめ

以前からこのブログでもお伝えしていますが、日本は子宮頸がんの患者さんが増加傾向にあり、加えて子宮頸がんワクチンの接種率が著しく低いことが知られています。そのため子宮頸がん検診によって実際のメリットを得られる患者さんは他の先進諸国と比較しても多いと思われます。これは私の個人的な想いになりますが、子宮頸がんが進行して見つかった時の患者さんたちのショックはいつでも本当に大きいです。もちろん他のがんも大変なんですけど、子宮頸がんはワクチンで予防できたり検診で早期発見が可能であることが広く知られているため患者さんの後悔と自責の念がとても強いんだと思います。お忙しい中で産婦人科を受診するのはめんどくさいかも知れません。ましてやお股の診察は抵抗感もあるでしょう。でも、ちょっとだけあなた自身や周りを見渡してみてください。これからも元気にやり続けたいことや、まだまだずっと一緒にいたい人たちがいませんか?是非それらの大切なものと、検診の手間を秤にかけてみていただければと思います。

今年の当院での検診対象は富士見市、ふじみ野市、三芳町に住民票がある20歳以上で偶数月生まれの女性ですので、当てはまる方は是非受診をご検討ください。(当てはまらない方でも当院での検診をご希望の方は一般診療としてお受けいたしますのでご連絡ください。)

1) American Cancer Society. Cancer Prevention & Early Detection Facts & Figures 2021-2022. Atlanta: American Cancer Society; 2021

2) Leung Wk, et al. Lancet Oncology. 2008;9(3):279

3) Nygard JF, et al. J Med Screen. 2002;9(2):86

4) Aklimunnessa K, et al. Jpn J Clin Oncol. 2006;36(8):511

5) Taylor R, et al. Cancer Causes Control. 2006;17(3):299

6) Peirson L, et al. Syst Rev. 2013;2:35.

リエゾン型精神科とは

この度、埼玉県の一事業である「地域リエゾン診療事業」に、にしじまクリニックが参画することになりましたのでご報告いたします。

リエゾンとはフランス語で「連携・連絡」を意味する言葉です。

妊娠中は環境変化や体調変化により心の不調が起こることは少なくありません。精神科受診の既往がある妊婦さんはもとより、現在コロナ禍で不安を抱えている妊婦さんは数多く、ますますメンタル支援の重要性が問われています。

そこで埼玉県では周産期施設と精神科の連携・連絡を強化すべく「地域リエゾン診療事業」を始めることとなり、周産期施設では当院を含む3施設からスタートしております。

具体的には精神科医師が月1回、当院で上記の妊婦さんに対しての面接やアセスメントを、また当院スタッフへの助言・支援を行っていただきます。

また精神科医師が不在時でもメールやオンラインなどのやり取りで当院での様々な事例事象をバックアップをしていただき、当院全体のメンタル対応能力が高まることも期待しております。

精神科と聞くと、一見ハードルが高そう、または自分は大丈夫、と思っている方々もいらっしゃると思います。しかし、

『リエゾン型精神科』はいわば『コンサルテーションのエキスパート医師が皆さんのお悩みや環境適応が困難な時に対し、適切なアドバイスをしてくれる科』

と思っていただくと良いと思います。従来の入院型精神科とは異なるのです。

当院としてもまだ手探りの中始める事業ですが、何より患者さんのために周産期診療の新たなアプローチを見出して、文字通り『心から』も『安心』なお産ができればと思っております。

(院長執筆)

既往帝王切開後の経腟分娩(TOLAC / VBAC)をお考えの方へ

こんにちは、副院長の石田です。

全国で毎日新しい命が誕生していますが、現在日本ではおよそ20%くらいの赤ちゃんが帝王切開で生まれてきます。一度帝王切開が行われるとそのお母さんに関しては次の妊娠でも帝王切開での出産が望まれるわけですが、中には経腟分娩を希望される方も少なくありません。というわけで本日は既往帝王切開後の経腟分娩についてお話ししようと思います。

TOLAC / VBACについて

帝王切開を経験した妊婦さんが経腟分娩される際に良く出てくる言葉に“TOLAC“や“VBAC“があります。TOLACとはTrial Of Labor After Cesareanの略で、帝王切開後の経腟分娩を試すことを指します。一方でVBACはVaginal Birth After Cesareanの略ですが、こちらは帝王切開後でも経腟分娩できましたってことですね。要はTOLACをやってみて成功したらVBACと呼ばれるということなんです。紛らわしい。

TOLAC / VBACのメリット、デメリット

TOLACのメリットはなんと言っても成功した時に産後の体力回復が早かったり、帝王切開による術後合併症を回避できる点にあります。当院では帝王切開後は6日間の入院期間を設けていますが、経腟分娩であれば4日目には退院できます。産後の痛みはさておき手術による術後疼痛などもありませんし、一般的に帝王切開と比べて後が楽に過ごせることが多いです。手術による腸や膀胱などの腹腔内臓器の損傷なども経腟分娩であればありません。一方でTOLACを行う際に最も心配されているのは子宮破裂です。一度帝王切開で切られた子宮は切開部が治るときに薄くなる傾向があるため、次の妊娠で陣痛などで刺激が加わるとそこが裂けてしまうことがあるんですね。そうなると母児ともに命に関わることがあります。

TOLACのリスク評価

子宮破裂のリスクを正確に評価するのは難しいですが、通常のTOLACにおいてはおよそ0.5%程度とされています 1)。しかし、この数字は患者さんの前提条件によって上下することが知られています。例えば前回の帝王切開の際に子宮を一般的な体下部横切開ではなく縦に切った場合は破裂のリスクが約2〜3倍になることが知られています 2)。その他、赤ちゃんが大きい、予定日を過ぎてしまった、前回の帝王切開の際に子宮の傷が1層縫合だった、前回の帝王切開から今回の妊娠までの期間が短い、複数回の帝王切開歴があると言ったことも子宮破裂のリスクを上げる可能性があるため注意が必要です 3)4)5)6)。

TOLACをした方が良いのか

TOLACは諸外国では比較的広く試みられていますが、だからと言って必ずしもその優位性が日本人に当てはまるとは限りません。まず、日本の帝王切開に関しては衛生的な環境下で世界でもトップレベルの安全性が担保されています。加えて国民皆保険制度のもと品質に対して安価に受けることができるうえ、医療保険に加入されている方では補償内容によってはほぼ無料となる場合もあります。帝王切開は術後の癒着などのリスクから3回程度までを目安に案内されることが多いですが、晩婚、晩産化の流れもあって日本では4人以上出産される女性は少ないため子宮破裂のリスクを負ってまでTOLACを行う必要があるかどうかはそれぞれのご家庭の家族計画を含めて慎重に検討されることをお勧めいたします。

にしじまクリニックでのTOLACの進め方

当院では上記を踏まえてできるだけリスクを抑えた形でTOLACをお受けしています。具体的な流れとしては、ご本人とご家族からの希望をいただいた上で当院独自の基準に照らし合わせながらリスク要因を慎重に検討し、その時点でのTOLACの可否を判断します。TOLACについて相談したいという患者さんにはじっくりとお時間をとって疑問にお答えできるようにオンラインでの相談窓口を4月から開設いたしましたので是非当院のホームページをご参照ください。他施設から転院されてくる方では遅くとも妊娠16週頃からは当院での妊婦健診をお願いしていますが、これは「TOLAC可能」の判断が妊娠経過の中で変わり得ることや、リスクの高いお産になるため時間をかけてゆっくり患者さんとの信頼関係を築いていくことが必要であるためです。その後の経過も問題無ければ自然の陣痛発来を待つことになりますが、当院では予定日を迎えても陣痛が無い場合には誘発分娩は行わずに帝王切開とさせていただいています。

まとめ

VBACが成功するかどうかはやってみないと分かりません。スムーズに進行して下から生まれれば普通のお産と同じように終わりますし、逆にTOLACの最中に分娩が進まなくなってしまう、赤ちゃんの調子が悪くなる、その他母児にとって危険な状況となるような場合には躊躇なく帝王切開に切り替えることになります。ただ我々としては患者さんがTOLACを希望され、それが可能と判断できた場合には安全に最大限配慮しながらできるだけご希望に沿った形で進めたいと思っています。当院でのTOLACをご希望の方は是非お問い合わせください。

1) Guise JM, et al. Obstet Gynecol. 2010;115(6):1267

2) Landon MB, et al. N Engl J Med. 2004;351(25):2581

3) Landon MB. Semin Perinatol. 2010;34(4):267

4) Landon MB, et al. Obstet Gynecol. 2006;108(1):12

5) Roberge S, et al. Int J Gynaecol Obstet. 2011 Oct;115(1):51-10

6) Al-Zirqi I, et al. Am J Obstet Gynecol. 2017;216(2):165.e1