今回のコロナウイルスと100年前のインフルエンザのパンデミックがよく似ている

こんにちは、副院長の石田です。

コロナウイルス、そろそろ暖かくなってきたしいい加減に消えてくれないかなと思いながら過ごしていますが皆さんはお元気でしょうか。ウイルスによる直接的な健康被害はもちろんですが、経済も大打撃を受けており心配です。国際通貨基金(IMF)が厳しい経済見通しを発表しましたが、リーマンショックの時にはほとんどサブプライムローンを保有せず、加えて迅速に利下げなどで対応していち早く危機を乗り切った中国が世界経済を牽引したのに対して今回は全世界的に被害を受けており、見通しが全く立ちません。

さて、人類はこれまでに何度も感染症のパンデミックを経験しています。古くは2400年前にペロポネソス戦争中のアテネで謎の疫病(天然痘説が有力らしいです)が大流行し、多くの犠牲者が出ました。その後も発疹チフスやペストなどの流行を経て、100年前にはインフルエンザのパンデミックを経験しています。この大流行はインフルエンザとしては史上最大のものとなりましたが、その時のことが今のコロナウイルスとそっくりだと思ったので今回はそのよもやま話です。

どんな流行だったか

1918年3月頃から1920年まで全世界で大流行し、当時の世界人口の1/3以上が感染、数千万人が死亡しました。この時の致死率が2.5%とされています。スペイン風邪としても有名ですが、実はどこで最初に出現したのかは分かっていません。当時は第一次世界大戦の最中で、どの国も情報統制が敷かれていた中、参戦していなかったスペインでの流行が報道されたためにスペイン風邪と呼ばれましたが、実際の流行が確認されたのはアメリカが最初のようです。もともと季節性のインフルエンザ自体はあったのですが、この年は流行期を過ぎても患者が出続けたためにいつもと違うことにみんなが気付き始めます。しかしその頃には戦争の影響もあって世界的な人の往来があったことから急激に世界中に広がっていきました。流行の第1波は1918年3月頃から6月まで続きましたが、夏頃になると自然に収束します。この際は感染率は高かったものの、致死率はそれほどでもなかったようでした。しかし同年9月頃より始まった第2波では肺炎などを起こして重症化する人が続出し、大量の死亡者が出たということです。この流行は翌年3月以降の第3波まで続きますが、人類の大部分が感染と共に免疫を獲得することで自然と流行は収束していったようです。この間、兵員輸送船であるリヴァイアサン号の中で大量の感染者が発生、労働者の大量欠勤によりモノの生産能力が大幅に低下、収入減による消費の冷え込み、病院への患者の殺到に加えて医療者が感染することでの医療崩壊、その他各種インフラに携わる労働力が低下したことにより社会機能が麻痺していくなど「え?それって今年の話してる?」的な共通点が多く見られます。ちなみにこの時も感染拡大を防ぐために日本を含めて世界で不要不急の外出を控えるよう通達が出たり、実際に学校や娯楽施設の閉鎖命令も出ていたようです。ちなみに現在のコロナウイルスは高齢者に重症例が偏っているのに対して、100年前のインフルエンザは圧倒的に若者が重症化していました。65歳未満の死亡率は65歳以上と比べて6倍にもなったそうです。

感染症と差別

さて、感染症には直接的な健康被害以外にも経済をはじめ多様な悪影響が懸念されますが、その中でも大きな問題の一つが差別です。人類の歴史上、感染症に対する防疫を建前に差別が正当化されたことが多くありました。古くはペストに対する魔女狩りやハンセン病患者の強制収容、近年ではエイズ患者に対する偏見など枚挙にいとまがありませんが、残念なことにこれだけ情報アクセスが容易になった現代にあってもコロナウイルスに端を発したアジア人差別や患者さん本人に向けられる偏見などがあるようです。ウイルスのような目に見えないものに対する恐怖が一種のパニックのように広がっていくのでしょうが、そういった差別は受けた側はもちろんのこと、行った側にもよい結果にならないことは歴史が証明しています。日本でも今回の流行初期には特定の国に対するネガティブな発言が散見されましたが、この危機を乗り切れるよう世界中で協力していきたいものです。

まとめ

というわけで今回はただの雑談でした。歴史は繰り返すということでまだまだ予断を許さない状況ではありますが、その一方で必ず乗り切れるとも確信しています。にしじまクリニックとしては、こんな状況であっても赤ちゃんたちが無事に産まれてこられるように、また健康にご不安のある女性のご相談にしっかりとのっていけるように体制を整えてまいります。そのため患者である皆様にも面会や付き添いをはじめお願いさせていただくこともあるかとは存じますが、ご協力いただければ幸いです。